欧州には「トールの救い」という成句がある。
北欧神話の雷神トールが、巨人ゲイルロズの屋敷へ出かけて、ヴィムルの河にさしかかった。幅広く流れの激しい川で、河を渡っているあいだも水かさが増していく。溺れそうになりながらトールが上流に目をやると、ゲイルロズの娘ギャルプが川の両側に足を踏んばって、川幅と水かさを変えているのを見とめた。トールは川底から大岩を抱き上げて、ギャルプに投げつけ、そして対岸に生えているナナカマドの枝をつかんで川から這い上がった。このため、ナナカマドを誉めて「トールの救い」と呼ぶのだという。∗1
またストレム(1967)は、トールとナナカマドの結びつきの強さを指摘している。サーミ族が信仰する雷神Horagallesの名は、ノルド語の「þórr karl(トールおやじ)」に由来し、ナナカマドの実が捧げられたという妻神Ravdnaの名は、ノルド語の「raun(ナナカマド)」に由来すると述べている。さらに踏み込んで、古層の神話では、トールを救ったナナカマドが擬人化されて「トールの妻」と見なされていたとも推測している。∗2
このように、北欧において雷神と縁深いナナカマドであるが、日本でもナナカマドは雷と縁があり、この木を植えれば落雷を避けられるといわれる。
雷神もしくは雷とかかわりがあるとされるナナカマドは、日欧で、それぞれどのように樹木の霊性が語られてきたのだろうか。
本稿では、ナナカマドをめぐる伝承や習俗をとりあげ、日本と欧州における異同を概観する。
なお、本稿で扱う「ナナカマド」とはバラ科ナナカマド属の落葉樹であり、日本に分布する「ナナカマド(英名Japanese rowan・学名Sorbus commixta)」と、欧州などに分布する「オウシュウナナカマド(英名Rowan・学名Sorbus aucuparia)」の両方と、それらの変種や近縁種を指す。また混同を避けるために、ナナカマドを「七竈」、オウシュウナナカマドを「Rowan」と表記を書き分けることがある。
1. 山室, 1970, pp.238-240
2. 菅原, 1982, p.140
ナナカマドについて、貝原益軒による『大和本草』(1708)には「七竈 葉槐葉ノ如シ、秋結紅子、下垂可愛」(巻十二 木之下 花木)と記され、小野蘭山による『大和本草批正』(1756)には「七竈 小木ナリ、葉形槐ノ如ニシテ短ク鋸歯アリ、互生五弁ノ小白花傘ヲナス、実円ニシテ秋熟ス、甚美ナリ」(巻十二 雑木類)と書かれている。また、松本新助による『増補花壇大全』(1813)では「七竈 花ハふさの如く、春咲て其薫香ハ、沉水雞舌も及ぶ可らず、実ハ初秋くれないにてふさのごとくさがる、はなも実も賞美すべし、此木も雷を除く徳有て軒近く植る、冬落葉す」と説明されている。∗1
これらの文献で見られるナナカマドの和名「七竈」は、何に由来するのだろうか。
結論から言えば、七竈の語源については諸説あり、定説は無い。代表的なものとして、以下の7説が挙げられる。
(1)燃えにくく、7度かまどに入れても炭にならないから。
(2)燃えにくく、7度かまどに入れても燃え残るから。
(3)燃えにくく、7度かまどに入れないと炭にならないから。
(4)炭を作るのに、7日間かまどで蒸し焼きにするから。
(5)この材で作った食器は、7世代も使えるほど強いから。
(6)7つの釜を満たすほどの大量の粥を穴に埋めると、この木が生えてきたから。
(7)この木を植えると、四隣七竈は落雷の災いをまぬがれるから。
第1説は、植物学者・本田(1939)が『色彩図版 全植物辞典』で「コノ枝ハ燃エ難ク炭竈ニ七度入ルルモ尚ホ炭ニナラズトノ意ニテコノ名ヲ得タルモノナリト」(本田, 1939, p.277)と紹介したものである。「此材は燃え難くして、炭焼が七度竈に入るるも尚炭にならぬとの意にて、此名を得たるものなりといふ」(郁文舎, 1913, p.596)と、同様の解説がされている文献もあり、南方(1931)も「燃え難くて竈へ七遍入れても炭に成ぬから此の名あり」(南方, 1931)と言及している。
しかしこの本田説は、語源説としての知名度は低く、Wikipediaにも記載されていない∗2。
なお、深沢(1957)は「『七回カマドを代えても炭にならない』と、けなされたナナカマドでも、薪にすれば、結構よく燃える」(深沢, 1957)と述べており、本田説もしくは類似の語源説について否定的な立場をとっている。
第2説は、植物学者・牧野(1940)が『牧野日本植物図鑑』で「材ハ燃エ難ク、竈ニ七度入ルルモ尚燼残ルト言フヨリ此和名ヲ得タリト云フ(牧野, 1940, p.467)」と提示したものであり、知名度が高く、広く支持されている説である。また、図鑑が発行されるよりも前の1910年に、牧野が「七竈ノ樹名アルハ炭竈ニ七度ビ入レザレバ焼カレヌトイフ意ヨリ起レルナラン」(中川, 1910)と説明したとされる。「7度かまどに入れなければ焼かれない」から「7度かまどに入れても燃え残る」という具合に、考察の内容がわずかに変化しているのが見てとれる。
だがこの牧野説についても、鶴田(1979)は「事実と合わない」(鶴田, 1979, p.162)と指摘し、中村(1980)も「山村では、このナナカマドの薪を燃料用に用いるが、よく燃えて、決して"7度かまどに入れて燃やしてもなお燃え残る"ということはない」(中村, 1980, p.158)と批判している。また『防災公園の計画・設計・管理運営ガイドライン』の「表III-20樹木の防火力ランク」では、様々な樹種がA・B・Cの三段階で評価されており、ナナカマドは強度Bにランク付けされている∗3。『重要文化財建造物等に対応した防火対策のあり方に関する検討会報告書』で、火災の延焼を防ぐため家屋などの周囲に植える防火樹の代表例としてイチョウ、サンゴジュ、カシ類∗4、ヤマモモ、アオキが挙げられているが、このうちイチョウ・サンゴジュは防火力ランクの強度A、カシ類・ヤマモモ・アオキは強度Bと評価されている。つまり、燃えにくいはずのナナカマドの防火力はイチョウやサンゴジュに劣っており、中程度とランク付けされているわけで、ナナカマドの力不足感は否めない∗5。∗6∗7
第3説は、旧神奈川県立農業学校の教諭であり神奈川県植物調査会の調査員でもあった中邑が、『箱根植物』で「燃え難くして七度竈に入れざれば木炭とならず。故に此の名ありとかいふ」(神奈川県植物調査会, 1913, p.129)と言及したものである。本田説が「7度かまどに入れても炭にならない」としているのに対して、中邑説は「7度かまどに入れなければ木炭にならない」つまり「7度かまどに入れれば炭になる」としている。非常に微妙な差異であるが、炭になる・ならないの違いは無視できないため、独立した語源説として取り上げた。また『食べられる野草』などで知られる邊見(1935)も「七度カマドを替えて、初めて炭になる」と、同様の語源説を紹介している。さらに動物学者・内田(1952)も「その材の質が堅いので、七度カマドをかへて燃すまで灰にならぬといふ」(内田, 1952, p.171)と、類似の説を紹介している。中邑説の「炭」が「灰」に置き換わっただけで、ほぼ同じ内容といえる。
この中邑説も、本田説と同じくWikipediaに記載されていない∗2。
さらに、前述したとおり深沢、鶴田、中村は「ナナカマドはよく燃える」と指摘しており、国交省や消防庁も「ナナカマドの燃えにくさは中程度」と評価している。こうしたことから、本田説、牧野説、中邑説は、いずれも説得力に疑問を呈する余地がある。
第4説は、牧野説を批判した微生物学者・中村が提唱したものである。ナナカマドという名はもともとナノカカマド(七日竈)であり、ナノカが「ナナカ」に変化し、重複する「カ」が省略されて「ナナカマド」になったという推測にもとづいている。∗8
ナナカマドは薪として焚き火に用いられるが、より火力が高く火持ちがする木炭にすることもある。木炭のうち硬質で火力が高く火持ちが良いものを堅炭といい、ナナカマドからは良質な堅炭が得られる。さらに上質な備長炭を得るためには、7日間の工程を要し、材質が硬いナナカマドを7日間かまどで蒸し焼きにすることで、質がきわめて緻密で堅く、火力もいちじるしく強く、火持ちが良い極上品の堅炭になるという。∗9
なお「七日」を「なのか」ではなく「ななか」と読んだと推測することの妥当性については、疑問が残る。ただし正月7日につくる七日日雑炊を「なぬかびぞうすい」もしくは「なのかびぞうすい」と呼ぶところ、岡山県川上郡では「ななかべぞうすい」と呼ぶ例があるため∗10、ありえないことではないようである。
第5説は田中(2011)が紹介したものだが∗11、北海道新聞社(1974)も「この木で作った食器は七世代も使えるほど強い」(北海道新聞社, 1974, p.39)と、ほぼ同じ内容の語源説に言及している。また同社は「七回カマドにくべても燃えない」「七度焼かねば炭にならない」(同前)という異説も紹介しているが、それぞれ牧野説と中邑説を踏まえたものであろう。
一方「食器」に関連づけた由来ならば、インターネット上に「食器にすると、7度かまどがダメになるくらいのあいだ使用できるから」という語源説を紹介しているサイトが複数存在する∗12∗13∗14。
なお、食器が「7世代にわたって使える」というのは、「竈」との関連性が希薄なように思われる。しかし食器を「竈が7度壊れるまで使えると」いうのは、実態はともかく、「七竈」の語源説としては"出来が良い"ように感じられる。
第6説は、鳥取県米子市の角磐山大山寺にまつわる説話である。
備後国
これはいわゆる仏教説話であり、大量の粥で満たされた「7つの釜」を、ナナカマドという樹名と結びつけている。しかし原文にあたる『大山寺縁起』を読むと、釜の個数については言及が無く、粥が食べきれなかったので穴に埋めたという描写も、埋めた場所から木が生えたという描写も無い。あるいは、粥を埋めるとナナカマドが生えてきたというくだりは、1928年の本堂火災に類焼した「大山で一番大きいナナカマドの大木∗18」に関連づけて、後世つけ足されたものなのかもしれない。
またナナカマドが類焼したという事実は、「ナナカマドは燃えにくい」とする説への反論材料にもなりそうである。
なお大山寺の語源説は、本田説と同じくWikipediaには記載されていない∗2。
第7説は、長尾勝明が編纂した官選地誌『作陽誌』(1691)で述べられている語源説である。美作国大庭郡田羽根村にある五市山(岡山県真庭市田羽根)について、「此山に七竈樹あり俗に傳ふ此樹一株を植うれば則ち四隣七竈雷火の災なし、故に七竈と名づく」(上原, 1942, p.112)と言及したものである。「雷火」とは稲妻のことである。ナナカマドを植えると、周囲にある家7戸は稲妻の災い、つまり落雷の被害を受けることがなく、そのため「七竈」と称されるというのである∗19。
作陽誌の四隣七竈説は、造園研究家である上原や、植物文化史研究家である宮南も言及しており、前述した6説に比べても古い。しかし知名度が低く、Wikipediaには記載されていない∗2。また、本田説や牧野説はナナカマドの燃えにくさ、中村説や田中説は硬さというように、木の材質に着目しているのに対して、作陽誌は「ナナカマドは落雷を避ける」という非科学的でオカルティックな理由づけをしており、大山寺説と同じく異色である。ちなみに、岡山市では雷除けとしてナナカマドを植えるといい∗20、また『増補花壇大全』が「此木も雷を除く徳有て軒近く植る」と述べているように、ナナカマドに雷除けの効験をみとめる言説は少なくない。
なお牧野は「雷除ゲノ稱アルモ此ク耐火ノ樹ナレバ附會セシモノナラン」(中川, 1910)と述べており、ナナカマドに雷除けの効験があるといわれるのは、ナナカマドの耐火性から着想されたものと推測している。しかし、深沢らが指摘しているようにナナカマドはよく燃えるため、牧野の推論は説得力に欠けるように思われる。
このとおり「七竈」の語源については諸説あり、定説は無い。
ちなみに筆者は、第3章で詳述するナナカマドの「雷除けの木」としての性質を踏まえて、作陽誌の四隣七竈説に注目したい。前近代的で非科学的な迷信に根差しているように思われる内容だが、筆者はそこに、古い民間伝承の素朴さを感じるのである。
1. 白井, 1933, p.217
2. Wikipedia>ナナカマド(https://ja.wikipedia.org/wiki/ナナカマド)(2025.1.21)
3. 国土交通省, 2017, p.144
4. 消防庁(2010, p.73)の原文では、たんに「カシ」。国土交通省(2017, p.144)でアラカシ・ウバメガシ・シラカシが別々に表記されていることから、ひとくくりにして「カシ類」と書いた。
5. 消防庁, 2010, p.73
6. ちなみに、ナナカマドは漢字で「花楸樹」とも表記されるが、牧野は、これを誤用であるとしている。牧野, 1940, p.467
7. ナナカマドは、アイヌ語では「アペニ(火の木)」と呼ぶともいわれる(平田, 2024)。しかし知里(1953)によれば、アペニは「焚木」を意味し、7回かまどに入れても燃えないといわれるナナカマドはアペニになりえないため、誤釈であるという(知里, 1953, p.98)。他方、雪の中で野営するときは踏みつけた雪の上にナナカマドの木を並べ、その上で焚火をするが、下敷きになったナナカマドには火がつくことなくロストル(火格子)の役目をして火を燃えやすくするため、釧路地方では「アペ・ニ」と別称されるのだという(更科ら, 1976, p.34)。
8. 中村, 1980, pp.158-159
9. 中村, 1980, pp.159-160
10. 森田, 2022
11. 田中, 2011, p.46
12. 築紡オフィシャルサイト>blog>ナナカマド+オオモミジ, https://www.negoro-arch.com/2010/05/13/247/, 2010.5.13(2025.1.21)
13. 技術情報センター>メールマガジン>月刊「いいテク・ニュース」(106), https://www.tic-co.com/merumaga/0106.pdf, 2011.11.2(2025.1.21)
14. 浄土ヶ浜ビジターセンター「ナナカマドの伝承」, https://jodogahama-vc.jp/archives/4768/, 2013.9.7(2015.1.21)
15. 『因伯の年中行事』(田中, 1956)など、修行僧の名を「弘誓坊」としている文献もある。(鳥取県立米子図書館, 1972, p.121)
16. 鳥取県立米子図書館, 1972, p.121
17. 野津, 1975, pp.141-145
18. 鳥取県立米子図書館, 1972, pp.121-122
19. 宮南, 1936
20. 上原, 1968, p.36
日本におけるナナカマド(七竈)の語源については、定説が無いことを確認した。ひきつづき、オウシュウナナカマドの英名Rowanについても、どのような由来があるのか検討する。
Skeat(1882)によると、rowanはスカンジナビア語に由来する。スウェーデン語rönn、中世スウェーデン語rönn、runnも、ナナカマド属の木の意。デンマーク語rönはカエデバアズキナシ、ナナカマドの実、ナナカマド属の木の意∗1、アイスランド語reynirも同様。また、ノルウェー語のrogn、raagn、raun、スウェーデンの方言のrågnaもナナカマドの意。アイスランド語のreynirの原形はreyðnirで、これはrauðnirの派生語であり、古ノルド語のrauðr(赤色の意)までさかのぼる。
どうやらrowanは、英語で「赤色」を意味するredと語源を同じくするらしく、ナナカマドの実が赤いことから、このように名づけられたようである。
またBimble(1946)も、rowanはスウェーデン語のrönn(赤色の意)と同根であるとしており、ナナカマドが赤い実をつけることと関連づけている。他方、古ノルド語のruna(charm、魔法の意)に由来する可能性があるとも指摘している。この点については、加藤(1976)も「古ノルド語runa(魔法)に由来する∗2」と説明しており、Baker(1978)は、北欧に伝わる神秘的な文字、ルーン(Rune)と関連づけている∗3。また、ルーン文字が刻まれた魔術用の杖は、伝統的にナナカマドから作られたとされる∗4。
なお、Judd & Judd(2017)もナナカマドの実の色に関連づけながら、rowanはゲルマン語のraud-inan(赤くなるの意)から派生した古ノルド語のreynirに由来するとしている。ただしWatkins(1985)は、古ノルド語のreynirは、ゲルマン語のraudnia-から派生したとしている。さらにreynirについて「ナナカマドのこと。rowanの語源と似る」と述べており、rowanとreynirを直接むすびつけていないため、Juddらの説明と微妙に食い違っている。
ひとまずSkeatとBimbleの説明を踏まえれば、オウシュウナナカマドの英名Rowanは北欧諸語と古ノルド語rauðrに関連し、英語のred(赤色)と同根であり、ナナカマドが赤い実をつけることから、このように名付けられたものと考えられる。また、古ノルド語のrunaやルーン文字と関連している可能性もある。
1. 原文は「service, sorb, mountain-ash」。Collins、Merriam-Webster、Oxfordの各種辞典を読み比べると、serviceは「サービスツリー(ナナカマドの異名)のこと、とくにSorbus domesticaまたは野生のSorbus torminalisのこと」、sorbは「ナナカマドの実」、mountain-ashは「ナナカマド、もしくはナナカマド属の木」という説明で、おおむね共通している。『木の写真図鑑』を参照すると、Sorbus domesticaはサービスツリー(濱谷, 1994, p.276)、Sorbus torminalisはカエデバアズキナシ(同前, p.282)があてられ、分布について、サービスツリーは「アジア南西部、ヨーロッパ南・東部」、カエデバアズキナシは「ヨーロッパ、アフリカ北部、アジア南西部」とされている。これらを総合して、「カエデバアズキナシ、ナナカマドの実、ナナカマド属の木」と訳した。
2. 原文は「ON runa(=charm)に由来する」(加藤, 1976, p.562)
3. Baker, 1978, p.112
4. Illes, 2004, p.923
和名「七竈(ナナカマド)」と英名「Rowan(オウシュウナナカマド)」の語源について検討し、七竈の語源は諸説あって特定できないこと、rowanは英語redと同根らしく、また魔法を意味する古ノルド語runaなどと関連する可能性があることが分かった。
なお、七竈の語源説として第1章でとりあげた四隣七竈説は「ナナカマドを植えた周囲にある7戸の家は、落雷の被害をまぬがれる」と述べ、『増補花壇大全』でも「この木も雷を除く徳があるために軒の近くに植える」と説明されていた。どちらも、ナナカマドに雷除けの効験があると認めているのである。
この他にも、落雷を避けるナナカマドについて、日本には様々な伝承や習俗がある。
以下に列挙する。
(1)「〔貞享4年(1687年)〕4月12日 日光山 御宮。霊廟の辺に七竈と梓とを植べき旨かの地に令せらる。これは雷を避るものなればとてなり」(日光東照宮社務所, 1976, p.706)∗1
(2)「此木も雷をのぞく徳ありて軒ちかく植る(広益地錦抄 巻一 木の分)」(伊藤, 1719, p.5)
(3)「『広益地錦抄』巻一には雷除けとして軒近くに植えるとよいという記事がある(中略)岡山市のなかではこの目的で植えているという」(上原, 1968, p.36)
(4)「此木雷を除くる故に、市中へ落雷なしと云ひ傳ふ、随地に多くあり(有馬温泉誌)」(田中, 1891, p.96)
(5)「桐屋〔という大きな料理屋〕の庭の中にななかまどの木があった。雷電木ともいわれ、草津はそのために落雷はないといわれた。そのためか、草津では方々でななかまどの木を植えたものであった(草津温泉史話)」(川合, 1966, p.174)∗1
(6)「蚊帳の中に入ったり雷電木(ナナカマド)の下にかくれたり『桑原々々』とよんで桑原にゆけば落雷の被害をまぬがれるという信仰も上州においてはしばしば行われる(躍進群馬県誌)」(栗原, 1955, p.25)
(7)「カミナリヨケの樹といわれ、雷電木と称せられる七カマドを、母屋の両側に植えて一種のマジナイとしていた」(旧向丘村郷土誌研究会, 1978, p.174)
(8)「〔ナナカマドの変種であるサビハナナカマドは〕昔から神木とされていて、雷が落ちないといって雷神木の異名がある。この雷神木が雷電木に転じたと思われる(信州佐久の植物方言)」(佐藤, 1978, p.61)∗1
(9)「本州では『雷電木』と呼び、雷よけに神社の境内などに植える地方もあるが、それもごく少ない」(朝日新聞社, 1968, p.69)
(10)「昔名古屋城の本丸の中にナナカマドの樹があった。之は雷除け或は火災除けとして植えられたものだということです。此の材は燃え難くて七度竈へ入れても燃えてしまわないので、ナナカマドの名が起こったといいます。燃えにくい木というところから火災除けとし又雷除けにされたものです」(岡田, 1954, p.93)
(11)「梓は俗にかみなりささげと称し、又ななかまどの二樹を天守閣及宝蔵の附近に植ゑて避雷樹となし」(彦根実業同志会, 1917, p.5)∗1
第1例は、栃木県日光東照宮にナナカマドとアズサの木を植えるよう命令が下ったことについて、神職が「雷を避けるため」と、命令の目的を説明したものである。ナナカマドだけでなくアズサもまた雷除けの木として知られ、重宝されていたと分かる。
第2例は、園芸種としてのナナカマドについて解説したもので、雷を避けることから軒の近くに植えたという。第1章で言及した『増補花壇大全』にも、同様の記述がある。
第3例は、第1章でも言及した岡山市の事例である。
第4例および第5例は、それぞれ温泉地である兵庫県有馬と、群馬県草津の言い伝えである。ともに、ナナカマドを植えれば落雷が無いといって、町中に植えたという。また、群馬県ではナナカマドは雷電木と呼ばれると分かる。
第6例は、群馬県の事例である。
第7例は、神奈川県旧向丘村(現川崎市)で見られた習俗のようである。
第8例は、長野県佐久に伝わる俗信である。また長野県東北部(東北信)では、雷電木と呼ばれるナナカマドは、雷除けであると同時に、庭に植えておくと火事にならないという∗2。
第9例は、雷を避けるナナカマドを神社に植えることがあるものの、この習慣があるのは本州の一部であるとしている。
ちなみに、第5例から第9例までに言及されている「
第10例は、かつて愛知県の名古屋城内に、雷除けもしくは火災除けのためにナナカマドが植えられていたというものである。岡田(1954)は、ナナカマドが燃えにくいことから、まず火災除けとして用いられ、転じて落雷除けとされたと推測しているが、第1章でとりあげたように深沢らは「ナナカマドはよく燃える」と指摘している。また飛田(1997)は『日本俗信辞典』(鈴木, 1982)を引用して、東京ではナナカマドを植えると火事になると信じられていると指摘しており∗7、鈴木(1982)は、東京都東村山市では、ナナカマドを植えるだけでなく、山から伐って持ち帰るだけでも火の祟りに遭うとしており、その理由を「竈」という音を忌避したからと推測している∗8。鈴木の推測は、ナナカマドが火災除けの木としてではなく、火災を引き起こす木として意識されていたらしいことを踏まえたものであろう。これらのことから、ナナカマドの効験について火災除けを主、落雷除けを従とする岡田の考察は、説得力に欠けるように思われる。
第11例も、避雷樹として、城内にナナカマドを植えたケースである。滋賀県の彦根城の天守閣と宝蔵の近くに、落雷を避けるためナナカマドとアズサを植えたものである。この樹種の組み合わせは、第1例で日光東照宮に植えられた木々と同じである∗9。飛田も、避雷針のなかった昔には雷除けの樹木が植えられていたらしいと述べ、雷避けの木としてナナカマドを例に挙げている∗10。
ちなみに、香川県の丸亀城の二の丸入口の右側の石壁のあいだには「雷よけ」と呼ばれるアズサの木があるが、この木は、実際にはナナカマドであるともいう。∗11
以上のように、日本においては、ナナカマドを雷除けの木とする観念が多く見られる。具体的には、栃木、群馬、神奈川、長野、愛知、滋賀、兵庫、岡山に、関連する伝承があり、関東から中部、近畿、中国地方にかけての本州の広い範囲で「ナナカマドは雷を避ける」と信じられていたと考えられる∗12。他方、ナナカマドが火災除けとして植えられたとする名古屋や東北信の事例に対して、ナナカマドが火災を引き起こすという東村山市の伝承もあり、ナナカマドは火災除けの木とも、火の祟りを起こす木とも考えられていたと分かる。
1. 〔〕内は、筆者による補足。
2. 宮沢, 1985, p.143)
3. 瀬川, 獅子内, 1982, p.287
4. 丸山, 1974, p.310
5. ただし麓(1980)は、「ライデンボクの名の方が力士雷電よりずっと以前からこの木につけられていた」と指摘し、当時の相撲ファンがたわむれに言い出したことであろうと推測している。(麓, 1980)
6. 金井, 1950, pp.134-135)
7. 飛田, 1997, p.250
8. 鈴木, 1982, p.411
9. なお「避雷樹」という語は、雷を避ける樹木と解せるが、「避雷針」のように、落雷を誘導して付近の家屋や人の身代りになる樹木と考えることもでき、検討の余地がある。
10. 飛田, 1997, p.255
11. 新修丸亀市史編集委員会, 1971, p.163
12. 香川県丸亀城の事例は内容が非常にあいまいで、名古屋城のナナカマドとの関連も示唆されているが、丸亀城を独立した例として考えれば、ナナカマドの雷除け信仰の範囲は本州を飛び出て四国にまで及ぶことになる。
日本における七竈(ナナカマド)は、雷除けの効験と関連が深いことが分かった。
一方Rowan(オウシュウナナカマド)も、ドルイド僧から神木として信仰され、その枝や実を神事や呪術に利用され∗1、あらゆる闇の働きへの強力な対抗手段と考えられた∗2。現代でも欧州では、ナナカマドはどこに生えても吉として喜ばれ、これを切れば祟りがあり、自然に枯死するのは凶兆とされる∗3。
イギリス、とくにスコットランドでは、ナナカマドには魔女除けなどの効果があるといわれる。
以下に、事例を列挙しよう。
(1)スコットランドではこの木は生命の木とされ、その実を食べれば一年じゅう飢えないといわれ、この実で作ったネックレスは魔除けになる。また、この木を「Thor‘s helper」と呼んで、魔除け、邪眼除け、病除けとする。(加藤, 1976, p.563)
(2)牛舎や馬小屋の天井にナナカマドの小枝をぶら下げて、ウシの尾に赤ひもでその枝をしばって乳量が増えよう願う。魔女の呪いにかかった牛は、ナナカマドの小枝で叩けば、呪縛が解ける。またバターがうまくつくれないときは、ナナカマドの小枝でミルクをかき混ぜた。(前掲書, p.564)
(3) スコットランドでは「ナナカマドと赤い糸は、魔女を急き立てる」といい、ナナカマドの小枝を交差させ赤い糸を結びつけた十字架を、牛小屋や馬小屋の戸口に吊るす(Radford & Radford, 1980, p.289)。また、魔術やエルフショット(妖精の呪い)によって牛が病気になるのを防ぐために、牛舎の上にナナカマドの十字架をとりつける(前掲書, p.90)。
(4)ハイランドでは、乳しぼり娘が、予期せぬ危機にそなえてナナカマドの十字架を携行する(Dyer, 1889, p.43)。また、ナナカマドの十字架を衣服の裏に赤糸で縫い付ける(加藤, 1976, p.564)。
(5)赤ん坊が生まれたときには、洗礼前に妖精や魔女や悪魔に襲われるのを防ぐために、揺り籠にナナカマドの十字架をとりつける(Radford et al., 1980, p.118)。あるいは、揺り籠がナナカマド製であれば、魔女が手出しすることはできないという(前掲書, p.290)。また、赤ん坊が生まれたときには、産婆がナナカマドの小枝の一端を火にくべて、他端からにじみ出た汁をスプーンにとって新生児になめさせた(加藤, 1976, p.564)。
(6)ナナカマドの板を船体にはめ込んで、水夫を溺れさせるという厄神を防いだ。(前掲書, p.563)
これらの事例ではナナカマドの、牛や馬などの家畜を保護し、魔女の脅威を退ける効果が強調されている。
事例6は水難除けのまじないであり、やや特殊な印象を受けるが、古代デイン族もナナカマドの小枝を船に飾って海難除けとしていた(加藤, 1976, p.563)。雷神トールが川で溺れそうになったところをナナカマドに救われたことも考え合わせると、ナナカマドの効果は水陸どちらでも発揮されるようである。
また、これらの魔除けの効果を踏まえたものなのか、スコットランドやウェールズではナナカマドを教会墓地に植えることが多く(加藤, 1976, p.564)、日記作家イーヴリンはナナカマドについて「非常に神聖なものとされ、この木が植えられていない教会の墓地はない」と評している(Cavendish, 1983, p.2437)。
他の地域や国の事例も見ていこう。
(7)コーンウォールでは、ウシが祟りを受けたとき、ナナカマドの小枝を牛小屋の天井に吊るしたり、牛の角に巻きつけたりして厄払いする。(加藤, 1976, pp.564-565)
(8)19世紀半ばのヘレフォードシャーでは、苗床や豚小屋の上に、ナナカマドとカバの木の十字架を置いて魔除けとしていた(Radford et al., 1980, p.49)。あるいは、苗床にサンザシとナナカマドの十字架を立てて魔除けとした(Baker, 1978, p.123)。
(9)リンカンシャーでは、火事から馬を守るために、草葺き屋根や干し草の山にナナカマドの小枝を差す。(Radford et al., 1980, p.290)
(10)ノーサンバーランド地方に伝わるバラッド『スピンドルストンの醜い竜』では、ナナカマドの材が用いられている船に、魔女が手出しできないまま退く描写がある。(Cavendish, 1983, p.2437)
(11)1960年代初頭のサマセットでは、ワルプルギスの夜に、ナナカマドの小枝を家のドアに釘で打ちつけた。(Howard, 1995, p.66)
(12)サフォークでは、百日咳などの病気にかかった患者の髪をとり、ナナカマドの樹皮の切り込みに差し込んで、回復を祈る。(Radford et al., 1980, p.178)
(13)ヨークシャーでは、ナナカマドの木片をポケットに入れておいて、魔女を退ける(Dyer, 1889, p.68)。またクリーブランドでは、5月3日(または5月13日)にナナカマドの枝を集め、家の戸や屋根にかけ、家具にとりつけ、ポケットに入れて持ち歩くなどすれば、その後1年間は悪から守られるという。(Radford et al., 1980, p.290)
(14)マン島では、妖精や悪霊が出没するワルプルギスの夜に、ナイフを使わずに作ったナナカマドの十字架を牛の尾につける。(前掲書, p.289)
(15)アイルランドでは、バターを作るときに用いる撹乳器がナナカマド製であれば、魔女の力を無効にできるという。(前掲書, p.78)
(16)ドイツでは、馬小屋の扉にナナカマドの小枝をかけて、魔女の侵入を防ぐ(Dyer, 1889, p.43)。ノルウェーやデンマークにも、同様の風習がある(前掲書, p.68)。
(17)スウェーデンでは、古木のうろに鳥の糞から生えたナナカマドを「空飛ぶナナカマド)」といって神聖視し、刃物以外の道具で切り取って占い棒とする(加藤, 1976, p.563)。また、占い棒は金属の鉱脈探しに使われる(Radford et al., 1980, p.186)。
(18)スカンディナヴィア地方には、ナナカマドを雷除けの霊木とする伝説があり、軍艦の一部に必ずその材を使う。(朝日新聞社, 1978)
(19)ニューファンドランドでは、農作物を守るために、畝の下にナナカマドの小枝を差す(Baker, 1978, p.112)。また、家の近くにナナカマドが生えていれば、魔女は近づけないという(前掲書, pp.112-113)。
やはりスコットランドと同じく、ナナカマドは牛馬や豚といった家畜を守り、魔女を遠ざけるとする事例が多い。また北欧では、日本と同じく、ナナカマドが落雷を避けると信じられているようである。目を引くのは、事例8および19の、苗床や農作物を保護するというもので、田畑や農作物を守る効果を強調しているのは珍しい。とくにヘレフォードシャーの風習は、ナナカマドにカバやサンザシの枝を組み合わせて十字架を作るとしており、複数の樹種を用いていることが興味深い。
ちなみに「複数の樹種」が関連するまじないとして、アイスランドの風変わりな言い伝えも確認しておこう。
(20)アイスランドでは、ナナカマドはネズの木の敵であるとされ、ナナカマドとネズの木のあいだに別の木を植えると、その木は割れるという。また、ナナカマドとネズの木を同じ家に植えると、火事に遭うという。あるいは、船体がナナカマドで作られている場合、船内にネズの木があるかぎり、その船は沈まないという。(Dyer, 1889, p.277)
ネズは、ヒノキ科ビャクシン属の針葉樹である。このネズの木とナナカマドが敵同士で、しかも両方を家に植えると火事が起こるという。ナナカマドを火災除けとする事例11とは、対照的である。他方、船体がナナカマド製であれば、船内にネズの木があるかぎり船は沈まないというのは、事例6の水難除けと重なる。
ナナカマドとネズの木が共存することで、一方では火災が起こり、一方では水没をまぬがれるという両極端な結果がもたらされるというのは、非常に不思議なことである。
ところでナナカマドは、ヒイラギやニワトコやオークなどとともに「lightning plants(雷の植物)」と呼ばれることがある。樹形や葉の形状や実の色などから稲妻を連想させる植物をそのように総称し、人々はこれら「雷の植物」を崇拝することで、火、雷、魔術の災禍から家を守ったという∗4。このあたりは、日本においてナナカマドが「雷電木」と別称され、落雷を避けるといわれるのとよく似ている。
しかし管見の限り、欧州におけるナナカマドの、たとえば雷を避けるという伝承の例は少ない。火災を防ぐという効果についても、まったく逆の、火事を引き起こすという俗信がある。こうしたことから、欧州のナナカマドについては落雷除けや火災除けよりも、魔女を退けたり呪詛を防いだりする効果が主眼におかれていると考えられる。∗5
1. 加藤, 1976, p.564
2. Dyer, 1889, p.66
3. 加藤, 1976, p.565
4. Baker, 1978, p.111
5. ちなみに、ナナカマドはアイヌ語で「キキンニ(kikinni)」といい、「kiki(魔神を追っぱらうもの)ne(になる)ni(木)」に由来する。キキとは、危害が加えられようとしている人の身代わりになって危険な襲来者を追いはらうものをいい、悪魔を追いはらう棒幣を指す(知里, 1953, p.119)。また、ナナカマドは「イナウニニ(inawnini)」ともいうが、これも「inaw(幣)ne(になる)ni(木)」を意味し、イナウは幣を指す(前掲書, pp.127-128)。
つまりアイヌはナナカマドが悪魔を追いはらうと信じていたわけで、欧州のナナカマドが魔女を追いはらうと信じられているのとよく似ており、おもしろい偶然である。
これまでナナカマドをめぐる伝承や習俗について、日欧の異同を比較した。
日本における七竈(ナナカマド)という樹名の語源については、定説が無いものの、「ナナカマドを植えれば四隣七竈は落雷を避けられる」という俗信に由来するという説があると分かった。また、七竈には「雷電木」という別称があり、雷除けの効験があるとされる一方、七竈を植えると火災除けになるとも火事になるともいわれていると分かった。
欧州におけるRowan(オウシュウナナカマド)という名称については、英語red(赤色)と同根とも、古ノルド語runa(魔術)に由来するともいわれ、北欧のルーン文字との関連も示唆されていると分かった。また、rowanは雷神トールと関連し「雷の植物」と呼ばれることがあるものの、雷除けの効果があるとする伝承は数少なく、火災除けになるとも火災を引き起こすともいわれる。他方、rowanには魔女を退ける効果があるため、もっぱら魔女除けとして多用されていると分かった。
このように、日本の七竈も欧州のRowanも、どちらも雷もしくは雷神と関連づけられる。
その一方で、七竈には落雷除けの効験があり、Rowanにはもっぱら魔女除けの効果があると信じられているのである。
なお牧野や岡田は、日本のナナカマドが落雷を避けると信じられていることについて、「ナナカマドは燃えない」という観念が先にあり、そこから「ナナカマドは雷を避ける」という観念が生まれたと推測していた。
しかし、これは逆なのではないだろうか。
まず「ナナカマドは雷を避ける」という観念が起こり、このためナナカマドは雷電木などと別称されるようになった。一方、ナナカマドという樹名にカマドが含まれることから火が連想され、ナナカマドを植えたり持ち帰ると火災が起こるという俗信がうまれた。しかし後世、ナナカマドが落雷を避けられるなら、落雷に由来する火災も避けられるはずであるという観念が派生し、そこから「ナナカマドは火災を避ける」という俗信があらたにうまれた。
こうして、ナナカマドには「火災を引き起こす」と「火災を避ける」という真逆の観念がうまれたと、筆者は考えるのである。
2025.1.23(最終履歴, 3.16加筆)