呪術の使用を禁止あるいは制限した法令について~大宝律令から警察犯処罰令まで~


序 はじめに
一 警察犯処罰令第2条第17号について
二 警察犯処罰令第2条第18号について
結 おわりに


【序】はじめに

 現代において、オカルトやファンタジーは、根拠の無い非科学的な迷信とされている。魔法使いのようなファンタジックな人物は、いまはフィクションの中にしか居場所が無い。
 しかし日本では昔から、それもごく最近まで、いまは迷信とされている事柄について、法令で真剣に取り扱っていた。

1)たとえば、古代において、大宝元年(701年)に制定された大宝律令では、以下のように規定されていた。

 凡有所憎悪、而造厭魅及造符書呪咀、欲以殺人者、各以謀殺論減二等、以故致死者、各依本殺法。
〔「大宝律令」憎悪厭魅条〕

 また、天平宝字元年(757年)に施行された養老律令では、以下のように規定された。

 凡造畜蠱毒、及敎令者絞、造畜者同居家口、雖不知情者、遠流、若里長、坊令坊長亦同、知而不糺者、徒三年、造畜者雖会赦、并同居家口及敎令人、亦遠流。
〔「養老律令」造畜条〕

 「厭魅」や「蠱毒」とは呪物あるいは呪術のこと、「符書」は呪符のことをいう。呪符とは、まじないに使われる、木や紙でつくられたお札のことである。
 「呪詛」とは、呪物や呪符を使用した呪術によって、人に危害を及ぼすことをいう。
 これらの律令は、呪術を行なって他人を害することを禁じ、違反した者をどのように処罰するか定めていた。∗1
 大宝律令は「呪物や呪符をつくって人を殺そうとした者は、予備や未遂の段階で、減刑したうえで罰する。ただし、その人が死んだ場合は減刑せず、殺人罪として罰する」としていた。養老律令は「蠱毒をつくった者と、蠱毒をつくるよう指示した者は、絞首刑に処す。蠱毒をつくった者と同居していた家族は、たとえ事情を知らなかったとしても、流刑に処す。蠱毒をつくっていると知りながら告発しなかった里長などは、懲役刑に処す」としていた。

2)時代はくだり、明治元年に編纂された「假刑律」では、以下のように規定された。

 凡、妖術毒薬を用ひ人を殺すものは、各謀殺を以論、若、唯、人をして疾苦せしめ、人を殺すの情無之者は、謀殺条二等を減す。
〔「假刑律」妖術毒薬を用ひ人を殺〕

 こちらも、妖術を使用して人を殺害することを禁じたものである。
 「妖術毒薬を用ひ人を殺すものは」という文言からは、この規定が、近代にあってなお、妖術や呪術によって人が殺せるという非科学的な考え方を前提にしていることが読み取れる∗2。ー方で、「ただ人を苦しめたかったのであって殺すつもりはなかった場合は、減刑する」ともされており、いわば過失致死の考え方が取り入れられていると考えられる。

3)明治3年に発布された「新律綱領」では、以下のように規定された。

 凡魘魅を行ひ、符書を造り、呪詛して、人を殺さんと欲する者は、各謀殺を以って論す、止た人を疾苦せしめんと欲する者は、謀殺已行未傷に、二等を減す。
〔「新律綱領」魘魅人〕

 「魘魅」は「厭魅」と同義であり、ひらたく呪術を意味する。
 「魘魅を行ひ、符書を造り、呪詛して、人を殺さんと欲する者は」という文言から、この規定が、妖術や呪術によって人は殺せないことを前提にしていると分かる。先述した「假刑律」が「妖術毒薬を用ひ人を殺すものは」と、妖術や呪術によって人が殺せることを前提にしていたのに比ベて、科学的な考え方に基づいていると考えられる。
 ー方で、これまで紹介してきた法令と同じく、呪術によって人を殺そうとすることを、実際の加害行為と同様に処罰しようとする意図も読み取れる。∗3

4)さらに時代はくだり、明治41年に施行された「警察犯処罰令」では、以下のように規定された。

第2条 左の各号の一に該当する者は、30日未満の拘留又は20円未満の科料に処す。
17 妄りに吉凶禍福を説き、又は祈祷、符呪等を為し、若しくは守札類を授与して人を惑わしたる者。
18 病者に対し禁厭、祈祷、符呪等を為し、又は神符、神水等を与え医療を妨げたる者。
〔「警察犯処罰令」明治41年9月29日内務省令第16号〕

 「禁厭」や「符呪」とは、「まじない」のことをいう。
 これらの条文は、呪術的な行為によって人を惑わし、医療を妨害することを禁止している。
 明治時代、西洋的近代化を目指す日本政府は、人心を惑わす昔ながらの迷信を排除しようとした。警察犯処罰令は、迷信や呪術によって人民が心惑わされるのを防ぐと同時に、政府の意図に反して呪術を行なう者を取り締まるものだった。∗4
 この警察犯処罰令は、戦後に軽犯罪法が施行されるまで有効とされた。

5)ところで明治政府は、警察犯処罰令の施行にさきがけて、呪術の使用を禁止したり制限したりする通達を、いくつも発出している。

 「教部省達(明治6年1月15日第2号)」では、玉占や口寄せといった呪術的行為が人民を惑わせるとして、これらの呪術を行なうことが禁じられた。∗5

 従来梓巫、市子、拝憑祈祷、狐下ケ、杯ト相唱ヘ玉占、口寄等ノ所業ヲ以テ人民ヲ眩惑セシメ候儀自今一切被禁止候條於各地方官此旨相心得管内取締方厳重可相立候事。
〔教部省達(明治六年一月十五日第二号)玉占口寄等ノ所業禁止〕

 梓巫とは梓巫女のことで、昔ながらの呪具である梓弓を用いた巫女である。
 市子は、梓巫女の同類。
 憑祈祷は、降霊術を行なう、いわばシャーマンのこと。
 狐下げとは狐憑き、つまり狐の霊に憑依された人間のことをいう。
 教達2号は、梓巫女や市子といった人々が、種々の呪術を行なうことを禁じている∗5。いわば、警察犯処罰令第2条第17号の前身といえる。

 また「教部省達(明治7年6月7日第22号)」では、禁厭や祈祷を行なうことによって医療を妨げ、医薬の使用を止めることなどを禁じていた。この教達22号は、同日に発出された「教部省達(明治7年6月7日乙第33号)」を受けたものである。教達乙33号は、禁厭や祈祷などを行なうことによって人々が薬を服用するのを妨げることを禁じていた。∗5

 別紙乙第三十三号ノ通神道諸宗管長ヘ相達候條向後禁厭祈祷ヲ以医薬等差止メ政治ノ妨害ト相成候様ノ所業致候者有之候ハ丶於地方官取締可致此旨相達候事。
(別紙(明治七年六月七日乙第三十三号)禁厭祈祷等ノ儀ハ神道諸宗共人民ノ請求ニ応シ従来ノ伝法執行候ハ元ヨリ不苦筋ニ候処間ニハ之レカ為メ医薬ヲ妨ケ湯薬ヲ止メ候向モ有之哉ニ相聞以ノ外ノ事ニ候抑教導職タルモノ右等貴重ノ人命ニ関シ衆庶ノ方向ヲモ誤ラセ候様ノ所業有之候テハ朝旨ニ乗戻シ政治ノ障碍ト相成甚以不都合ノ次第ニ候條向後心得違ノ者無之様屹度取締可致此旨相達候事。)
〔教部省達(明治七年六月七日第二十二号)禁厭祈祷ヲ以テ医薬等差止メ取締方〕

 さらに「内務省達(明治15年7月10日戊第3号)」でも、やはり教達乙33号を踏まえて、禁厭や祈祷等を行なうことによって病人の治療や投薬を妨げることがないよう、注意を呼び掛けている。∗6

 禁厭祈祷ノ儀ニ付七年六月教部省乙第三十三号達ノ趣有之候処病者治療ノ際之カ為メ投薬ノ時機ヲ誤リ候儀モ有之哉ニ相聞不都合ニ候條今後信者ヨリ請求候節ハ先ツ服薬ノ有無ヲ證明セシメ果シテ医師診断施療中ノ者ニ限リ其望ミニ応シ不苦候條此旨屹度相達候事。
〔内務省達(明治十五年七月十日戊第三号)信者ノ請求ニ依リ禁厭祈祷注意方〕

 教達22号と内達戊3号、そしてふたつの通達に関連する教達乙33号は、呪術による医療妨害の取り締まりについて言及していることから、警察犯処罰令第2条第18号の前身といえる。

 以上を踏まえて、警察犯処罰令第2条第17号及び第18号について詳述していく。

1. 上野, 2020, pp.75-76
2. 岡, 1945, p.277
3. 新律綱領 3巻
4. 清水, 1908, pp.23-24
5. 埼玉県, 1891, p.99
6. 埼玉県, 1891, pp.99-100


【一】警察犯処罰令第2条第17号について

 警察犯処罰令第2条第17号は「人心誑惑犯」について規定し、みだりに吉凶禍福を説き、又は祈祷、符呪等を為し、もしくは守札類を授与することによって人を惑わすことを禁じている。∗1

 妄りに吉凶禍福を説き、又は祈祷、符呪等を為し、若しくは守札類を授与して人を惑わしたる者は、30日未満の拘留又は20円未満の科料に処す。

 じつは、旧刑法(明治13年7月17日太政官布告第36号)の第427条第12号も、「妄に吉凶禍福を説き又は祈祷符呪等を為し人を惑はして利を図る者」を拘留または科料に処す、としており、第17号とほぼ同じ内容である∗2。旧刑法第4編では、当該条項を含む第425条から第429条までに掲げる罪を、違警罪と規定していた∗3
 「違警罪」とは、裁判を経ないまま、警察署長の判断によって拘留や罰金を科すことができるとされた、軽微な犯罪のことをいう。
 警察犯処罰令は、旧刑法が廃止され、あらたに現行の刑法(明治40年4月24日法律第45号)が制定されたとき、旧刑法が定めていた違警罪を引き継ぐ形で制定されたものなのである。∗4

 ところで、吉凶禍福を説き、祈祷し、符呪をなし、守札(おまもり)類を授与するというのは、昔から神社の神官や寺の僧侶などが行なってきたことである。これらは、宗教的な信仰心や、哲学的な探究心を出発点にして、人々の幸福を実現し、災禍を回避する手段として行われてきた、呪術的行為である。そうした行為は、かならずしも社会に実害を与えるものではなく、わざわざ警察が取り締まるようなことではない。∗1
 しかし第17号の規定は、「妄りに」と前置きしたうえで、これらの呪術的行為を禁じている。「妄りに」とは、根も葉もなく、根拠が無いことである∗5。宗教的・哲学的な考察と実践にもとづいて、神官や僧侶が、神道や仏教の教えに従って祈祷したり、守札を授与したりすることは「妄りに」にはあたらない∗1
 ただし、そうした教理にもとづかず、あてずっぽうで吉凶を判断したり、いいかげんな祈祷をしたりするのは「妄りに」にあたる。第17号は、素人による呪術的行為を取り締まるための規定といえるが、たとえ神官や僧侶であっても、呪術的行為によって人を惑わすことがあれば、取り締まりの対象になったのである。「人を惑わす」とは、人の心の平穏を害すること、と解釈される。∗6
 また、祈祷をしたり守札を授与したりする見返りとして不当に金銭を得れば、詐欺罪に問われることもあった。∗7

1. 法曹閣, 1908a, pp.149-151
2. 田山, pp.432-433
3. 田山, p.429
4. 法曹閣, 1908b, p.1
5. 有光, 1930, p.107
6. 有光, 1930, pp.108-109
7. 谷田, 1908, p.56


【二】警察犯処罰令第2条第18号について

 警察犯処罰令第2条第18号は「医療妨害犯」について規定し、病者に対して禁厭、祈祷、符呪等を為し、又は神符、神水等を与えることによって医療を妨げることを禁じている。∗1

 病者に対し禁厭、祈祷、符呪等を為し、又は神符、神水等を与え医療を妨げたる者は、30日未満の拘留又は20円未満の科料に処す。

 近代化を遂げた明治時代にあっても、ケガ人が回復するよう祈祷したり、病人に神水を飲ませたりする風習は残っていた。そして、そうした祈祷や呪術などによって、本来は患者を治療するために必要な医学的処置が満足にできないという事態も、たびたび起こったようである。
 だから、病人のために祈祷をすることで、医師による治療を受ける意志を失くさせたり、病人に神符を与えたり神水を飲ませることで、医師が処方した薬を受けつけなくさせたり、そうやって病人を治療するのに必要な医療行為を妨害することを、第18号は禁じている。∗2
 さらに、第18号の規定は、病人が医師の治療を受けたあとなのか、治療を受ける前なのかについては、問題にしていない。医師の適切な診断と治療を受ける前に、まじないをして病気やケガを治した場合も、医療を妨害したことになる。医師の治療を受けた後、なんらかの呪術的行為によって、治療の効果が失われた場合も、医療妨害にあたる。∗1
 たとえばケガ人を治療するために医師が患部に薬品を塗って包帯を巻いたのに、その包帯を取って傷口に薬草を塗りつけた場合も、医療妨害にあたる∗3。医師が患者に薬を処方したのに、神仏にお祈りしたからと薬を飲ませなかった場合も、医療妨害にあたる∗4
 そして第18号の規定は、医療を妨害した者――呪術を行なった者の善悪についても、問題にしていない。たとえ善意であっても、病人の治療のために呪術を行ない、結果的に医療を妨害すれば、それが罪に問われてしまうのである。∗1

 なお、呪術を行なった者が殺人または傷害の意志を持っていた場合、つまり悪意を持っていた場合は、殺人罪または傷害罪に問われた。また、もし殺意や傷害の意志が無くても、呪術を行なった結果、病人が死んでしまったり傷害を与えてしまった場合は、過失致死傷罪に問われた。∗2
 このあたりは、「新律綱領」以来からある、「呪術で人は殺せない」という前提を踏まえているように考えられる。呪術で人は殺せないが、人心を惑わしたり人命を危険にさらすことはできるから、その場合は警察犯処罰令で対処する。実際に人が死ぬようなことがあれば、適応する法令を刑法に切り替えて、殺人罪や過失致死罪に問う。このように法令を運用していたのである。

 ちなみに、これは第17号にも関わることだが、第18号で言及されている「禁厭」と「符呪」は、明治時代には、ほとんど区別されずに混同されていたようである。
 法曹会決議「警察犯処罰令中の禁厭符呪の意義に関する件」(明治42年10月9日委員会第3科決議議案第3753号)では、他人の幸不幸を祈ることを「とこふ」、他人の不幸を念じることを「呪ふ」、呪物を用いて幸不幸を念じることを「厭ふ」と、それぞれ定義している。しかし同時に、現代ではこうした区別は明確にはされていないので、禁厭、符呪、厭勝(まじない)、呪詛に類する呪術行為は、すベてひとくくりに扱ってしまってよい、とされていた。∗6

1. 法曹閣, 1908a, pp.151-153
2. 有光, 1930, p.113
3. 有光, 1930, p.114
4. 有光, 1930, p.115
5. 法曹閣, 1908a, p.153
6. 法曹会, 1931, p.758


【結】おわりに

 今回、警察犯処罰令第2条第17号及び第18号が制定された背景について、古来の律令や明治政府の通達を踏まえつつ確認した。「祈祷符呪等による人心誑惑」を禁じた第17号と、「禁厭祈祷等による医療妨害」を禁じた第18号の条文は、呪術を非科学的で前時代的な迷信だとしながらも、その呪術がなお社会に強い影響を与えつづけている状況を無視できなかった明治政府が、国民の心身を守り社会の秩序を保つために制定したものだった。
 しかし、警察犯処罰令の後継として戦後に施行された軽犯罪法(昭和23年5月1日法律第39号)は、附則第2項で警察犯処罰令を廃止し、呪術に関連する規定を排除した。
 現代では、呪術やその使用者を直接とり締まる法令は存在しない。

 ただ、いまもテレビや雑誌では占いや運勢を診断する記事があふれ、それに関連した脅迫や詐欺といった事件も起こっている。
 2014年にエボラ出血熱が西アフリカなどで流行したときには、流行が拡大した要因として、伝統的な呪術を信奉する社会背景を指摘する意見もあった。∗1
 2020年に新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患(COVID-19)が世界的に流行したときには、日本ではアマビエという妖怪を絵に描いて疫病退散を願うクリエイターが続出し、厚生労働省もアマビエを感染拡大防止のアイコンとして活用した。∗2

 呪術もオカルトもファンタジーも、いまなお現実に息づいているのである。

1. 岡田, 2015, p.99
2. 荒俣, 2021, p.123


2022.6.9∗1(最終履歴、2023.5.29修正)

1. 本稿は、筆者が2015年5月23日にpixivに投稿した「法令における呪術の取り扱い(警察犯処罰令を読み解いて)」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5336447)を加筆修正し、体裁を整えたものである。


一覧


参考文献
・『新律綱領 3巻』(1870)
・荒俣宏、應矢泰紀『アラマタヒロシの日本全国妖怪マップ』(秀和システム, 2021)
・有光金兵衛『警察犯処罰令精義 下巻』(大同書院, 1930)
・上野利三「大宝律復元・続考、及び『政事要略』とそれに準じる逸文」(『法学研究 93巻11号』, 慶應義塾大学法学研究会, 2020.11)
・岡啄郎『司法資料 別冊 第17号 日本近代刑事法令集 上』(司法省秘書課, 1945)
・岡田晴恵『エボラvs人類 終わりなき戦い なぜ二十一世紀には感染症が大流行するのか』(PHP研究所, 2015)
・埼玉県警察部『埼玉県警察規則類纂 附録』(埼玉県警察部, 1891)
・清水孝蔵『警察犯処罰令詳解』(日本警察新聞社, 1908)
・谷田勝之助『警察犯処罰令講義』(巌松堂, 1908)
・田山宗尭 編『憲兵要規 第1類』
・法曹会 編『法曹会決議要録 下巻』(清水書店, 1931)
・法曹閣書院 編『警察犯処罰令要論』(法曹閣, 1908)
・法曹閣書院 編『行政執行法要義』(巌松堂, 1908)

※引用した法令の条文や標題については、判読性を高めるために、適宜、漢字の旧字体を新字体に、漢数字を算用数字に書き換え、カギ括弧や句読点といった記号を加えるなどした。