メモ: 彦山豊前坊
英彦山(ひこさん)は、福岡県と大分県にまたがる霊山で、奈良県の熊野大峰山や山形県の羽黒山などとともに、修験道でもっとも重要視される霊場のひとつとされている。
この英彦山は豊前坊(ぶぜんぼう)の在所とされ、そのため、山中にある高住神社は天狗の宮として知られる。
彦山豊前坊とは、日本を代表する天狗の名前だ。
愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊、大山伯耆坊、大峰山前鬼坊、白峰相模坊に並ぶ大天狗であり、彼らは総じて「八天狗」と呼ばれる。
豊前坊は、むかしから九州を統括する大天狗と見なされていたらしい。
豊前坊の正体は、太陽神アマテラスの息子であり、天孫ニニギの父親にあたるアメノオシホミミだ。
あるとき天から降ったアメノオシホミミが、オオクニヌシの支配下にあった山を訪れ、その山を譲り受けたのだという。
そのままアメノオシホミミが鎮座したため、この山は「日子山」と呼ばれるようになったらしい。
いつしか「日子山」は「彦山」と表記されるようになり、現在は尊称である「英彦山」で呼ばれている。
アメノオシホミミがいつ天狗になったかは、よく分からない。
ただ、むかし役行者が英彦山で修行をしていたとき、アメノオシホミミが現れて彼を祝福したという言い伝えがある。
役行者は修験道の開祖として知られており、天狗とも関係が深い。
謡曲「鞍馬天狗」では、牛若丸(源義経)が全国を巡るときの従者として、最初に豊前坊の名を挙げている。
同じく謡曲「花月」では、幼少のときに彦山の天狗にさらわれた人物が登場する。この天狗は豊前坊のことだろう。
また毛谷村六助という武人に剣術を教えたともいい、「彦山権現誓助剣」として人形浄瑠璃や歌舞伎の題材になっている。
豊前坊は畜産や農業に利益があり、また武芸にも秀でていた。
その霊験は山を鳴動させ、武威はスサノオに比肩されるほどだという。
この豊前坊をはじめとする天狗の霊威を借りて、悪鬼邪神を滅ぼす呪術がある。
弓矢刀剣を持って天狗経を唱える、天狗法というのがそれだ。
天狗経の全文は以下の通り。愛宕山太郎坊を筆頭とする日本各地の天狗を招集し、その霊威を結集する法術だ。
「南無大天狗小天狗十二天狗有摩那数万騎天狗。
先ず大天狗には、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、鞍馬山僧正坊、比叡山法性坊、横川覚海坊、富士山陀羅尼坊、日光山東光坊、羽黒山金光坊、妙義山日光坊、常陸筑波法印、彦山豊前坊、大原住吉剣坊、越中立山縄垂坊、天岩船壇特坊、奈良大久杉坂坊、熊野大峰菊丈坊、吉野皆杉小桜坊、那智滝本前鬼坊、高野山高林坊、新田山佐徳坊、鬼界ヶ島伽藍坊、板遠山頓鈍坊、宰府高垣高林坊、長門普明鬼宿坊、都度沖普賢坊、黒眷属金毘羅坊、日向尾畑新蔵坊、医王島光徳坊、紫黄山利休坊、伯耆大仙清光坊、石鎚山法起坊、如意ヶ嶽薬師坊、天満山三尺坊、厳島三鬼坊、白髪山高積坊、秋葉山三尺坊、高尾内供奉、飯縄三郎、上野妙義坊、肥後阿闍利、葛城高天坊、白峰相模坊、高良山筑後坊、象頭山金剛坊、笠置山大僧正、妙高山足立坊、御嶽山六石坊、浅間ヶ嶽金平坊、総じて十二万五千五百。
所々の天狗来臨影向、悪魔退散諸願成就、悉地円満随念擁護、怨敵降伏一切成就の加持。
おんあろまやてんぐすまんきそわか、おんひらひらけん、ひらけんのうそわか」
2015.12.27
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