父殺しのブルメシア王


 物語に登場するブルメシア王は「退くことを知らない激しい気性」の持ち主である、とアルティマニアに記述されている。リンドブルムとの友好関係を築きつつ、しかし仇敵アレクサンドリアへの警戒を怠らなかった彼の政策は、軍事力の増強に主眼を置いたものだった。
 一方、ブルメシア王の息子パック王子は、父と逆に明るく自由な気質の持ち主で、かつての敵国であるアレクサンドリアにも頻繁に出入りしていたようである。黒魔道士兵が祖国を襲撃し王都を破壊した後も、パックは同じ黒魔道士兵であるビビと友人として接していた。
 対照的な性格をした父子だが、しかし両者の関係は決して険悪なものではなかった。むしろ彼らの発言を見ると、強い愛情で結ばれた似た者親子という印象も受ける。
 ブルメシア王とは、どのような人物なのだろうか。


飛空艇革命

 ガイア暦1769年に勃発した第29次亜布戦争は、ブルメシア王クロヴィスが一方的に引き起こした戦争だった。
 善政で知られ長い治世を誇っていたクロヴィスは、しかしいつからか魔にとりつかれ、暴虐の限りを尽くした。理由も無く貴族から爵位や領土を奪い、民には重税を課し、逆らう者は例外なく処罰した。国内を恐怖と血の色で染め上げたクロヴィスは、次いで隣国アレクサンドリアに目を向けた。
 クロヴィスは宣戦の使者をアレクサンドリアに送ると同時に兵をそろえ、若き竜騎士リチャードを指揮官とする大軍をノールッチ高原に向かわせた。国境線を突破しメリダの谷間にある砦を攻め落としたブルメシア軍は、行く手に見える町や村にことごとく火をつけ、家々を破壊していった。クロヴィス王はアレクサンドリア人を皆殺しにするよう、リチャードに厳命していたのである。しかしブルメシアの兵士たちは、戦意を失い逃げ惑うばかりの民の命まで奪うことはできなかった。王に対する疑念と理性が、彼らをそうさせたのである。もしリチャードたちが王命のとおりにしていたら、アレクサンドリアはさらに深刻な事態に陥っていただろう。
 開戦当初こそ優勢だったブルメシア軍は、しかしまったく士気が上がらなかった。アレクサンドリア王都を攻撃したときも、防衛部隊を率いていたアレクサンドリア王子をあと一歩のところで捕らえることができたのに、そうしなかった。リチャードは戦いを長引かせようと早々に軍を退却させ、国境のノールッチ高原に布陣して、追撃してきたアレクサンドリア軍とにらみ合った。
 そうして数日が過ぎ、リチャードのもとに一人の密使がやってきた。


王殺し

 密使は、自身がブルメシア王太子フィルの遣わした者だと言った。
 フィルからの書状を手渡され、その文面を見て、リチャードは驚愕した。書状の内容は、暴虐の道に走るクロヴィス王を殺し、代わりに自ら王位を継ぐ、というフィルの計画に協力してほしいというものだった。
 どちらかというと物静かで自分を主張することが苦手なフィルが、このような話しを持ちかけてきたことに、リチャードはただ驚くしかなかった。
 リチャードとフィルは幼馴染で、小さな頃からともに勉学に励んできた親友だった。家臣と王族という身分の隔たりこそあったが、それでも2人の友情は固かった。
 リチャードは思い悩んだ。
 自身が忠誠を誓ったのは、他でもない、クロヴィス王だった。主君の命を奪って逆賊に身を落とすことに、リチャードは躊躇した。それは騎士の道に反する行いだった。
 しかしリチャードは、王に不信を抱いていた。今回の戦争は王が起こしたものだ。ブルメシアがアレクサンドリアを攻撃する特段の理由も、アレクサンドリアがブルメシアを侵略する危険も無かった。戦う意義が見出せないことに将は戸惑い、兵の士気は下がり続けていた。
 こんな無益な戦争は、早く終わらせたかった
 アレクサンドリアが滅べば戦争は終わる。しかし、そんな形で決着をつけることが最善とは、リチャードには考えられなかった。
 そして王太子フィルが示した答えに、リチャードは賛同した。
 本陣の守りを部下に任せると、リチャードはわずかな手勢を引き連れて急ぎ国に戻った。王都の間近まで来ると日没を待ち、夜陰にまぎれて都に入り王宮に攻め込んだ。フィルの手紙には、暗殺計画についての詳細が記されており、リチャードはそれに従って動くだけだった。
 リチャードとその部下が造反したという報は、王宮中にたちまち伝わった。しかし王国軍随一の竜騎士とされるリチャードと彼が率いる精鋭の前に、宮殿を守る近衛兵はなすすべがなかった。いや、近衛兵の心もまた王から離れていたのだ。行く手をさえぎる者も無く、リチャードはまっすぐ玉座に向かった。
 そして王の間へたどりつくと、玉座には、胸に短剣を突き立てられたクロヴィス王が座っていた。血の赤に染まる石の床には、王太子フィルが佇んでいた。
 リンドブルムにクロヴィス王の死が伝えられ、大公がブルメシアとアレクサンドリアの仲介に乗り出したのは、この2日後のことだった。


ブルメシア苛烈王フィリップ

 亜布戦争が終結し三国間で講和が成立すると、王太子フィルはリンドブルム大公の支持を得て、ブルメシア王フィリップとして即位した。
 数多くの改革をフィリップは断行した。とくに先王が制定した悪法はすべて廃止された。
 またフィリップは、先王の時代にいた重臣や官僚をことごとく降格させ、あるいは追放した。彼らは、クロヴィスが悪政に走ったとき、これを諫め止めるべき立場にいながらその役目を果たさなかった。フィリップは、王におもねり保身に徹した者たちを次々と処断し、そうして王朝を再興しようと考えたのである。
 王族・貴族もまた、処罰の対象になった。フィリップは、先王の悪政を正そうとせず、自身の暗殺計画への協力の呼びかけにも応じなかった親戚縁者を、すべて王都から追放した。かわりに信頼に足ると判断した人物は、経歴や身分に関係なく重用し、国政の中枢に置くようにした。
 まだ若く一介の部隊長にすぎなかったリチャードも元帥に抜擢され、そして近衛兵長を兼任することになった。前任の元帥と近衛兵長がフィリップによって降格され、そうしてできた空白をリチャードが埋めたのだった。
 フィリップの人事は大胆かつ適格だったが、同時に容赦の無いものだった。どうにか処罰を免れた貴族や官僚も、いつ自分の罪が暴かれるかと恐れた。徹底した粛清に、王朝全体が恐怖に震えていた。
 しかし王朝のそんな様子を見て、もっとも心を痛めたのはフィリップだった。今の王朝の状況が、先王クロヴィスの晩年の頃と重なったのだ。王族も貴族も官僚も将兵も、民までも王を恐れ萎縮していた。それはフィリップの望むところではなかった。
 ただリチャードだけが昔と変わらずそばにいて、フィリップを支えつづけた。
 しだいにフィリップは態度を軟化し、政策も緩やかなものになっていった。
 かつての苛烈さは薄らぎ、フィリップの治世はしだいに穏やかになっていった。ただ、長年対立を続けてきたアレクサンドリアの動向への警戒は怠らず、民政と軍政の両立を目指した。


王と巫女

 国内が安定すると、人々の関心はフィリップの婚姻へ向かった。
 終戦から10年以上が経ち、フィリップはすでに30歳になっていた。この歳になってもまだ妻をとっていないのは、王として異例だった。
 フィリップに縁談が無かったわけではない。有力な貴族や地方の名士から、娘を王妃にという話はいくらでもあった。だがフィリップは、くりかえしそれらの申し出を断った。
 彼は、自分の中に流れる暴君の血を恐れていた。かつて父王クロヴィスが悪政に走ったように、自分もまたいつか悪の道へ向かうのではないかと。何より、フィリップは実の父を殺すという大罪を犯した。そのような自分が妻を持ち、子を得るなど、望んではいけないことなのだと自戒し、結婚を拒んできたのである。
 しかしフィリップは、そうして長年、罪の意識を背負い続けたことで疲れきった。心身が病み、政務に専念できなくなってしまったのである。
 そんな親友を案じて、リチャードは領内の各地へ行幸することを勧めた。フィリップが王になってからどれだけブルメシアが豊かになり、民が幸せになったか、その目で確かめてほしいと願ったのである。
 そうしてフィリップを元気づけられると思ったのだ。
 リチャードの勧めを受けて、フィリップは側近とともに旅に出た。デインズホース盆地に散在する集落を回り、ガト峡谷にさしかかったところで、フィリップはリチャードだけを連れて西の砂漠へ向かった。ヴブ砂漠を進みつづけたフィリップたちの前に、じきに巨大な竜巻が現れた。
 砂と風に守られた、聖地クレイラ。100年近く前から、たまにやってくる旅人をとどめる以外に、クレイラは外界との接触を断っていた。
 ブルメシアンの故郷であるその地に、フィリップはリチャードと入った。
 統一王国の時代に繁栄を極めた都の面影を樹の根の集落に見ながら、フィリップたちはクレイラの樹を登り、頂上にある聖堂を訪ねた。ブルメシアの王と竜騎士の来訪をクレイラの民は喜び、2人は大祭司の賓客として迎え入れられた。
 そしてフィリップは、一人の少女と出会った。
 まだ10代半ばと幼いその巫女は、名をエリナといった。
 クレイラ大祭司の姪にあたるエリナは、フィリップの身辺の世話を任されていた。エリナはよく働き、細かなところまで気持ちがいきとどいていた。
 エリナは可憐だった。彼女が笑えば、その場には光があふれた。その歌声は、鳥たちが我を忘れて聞き入るほどに澄んでいた。どれほど美しい花も、彼女を前にすると恥じいってうつむいてしまうのだった。
 フィリップはたちまち心を奪われた。
 エリナもまた、歳の離れたこの王に強く惹かれていった。
 2人は思いを通わせ、愛し合うようになった。


両ブルメシア王フィリップ

 フィリップが長い旅から帰ってくると、都の民は驚き、喜びに沸いた。
 王の傍らには、まだ幼さを残す若い女性がいた。
 宮殿はエリナを新たな王妃として迎え入れ、正式な婚儀の準備を整えた。古い伝統に従い、南の国境近くにあるギザマルークの契り窟でフィリップとエリナは夫婦の契りを交わし、結婚した。その翌年にエリナは身ごもり、男児を出産した。ブルメシアとクレイラの血を継ぐ王太子の誕生を、フィリップは喜んだ。
 この十数年後、ブルメシアはアレクサンドリアの宣戦を受けて、第四次大陸戦争が勃発した。
 フィリップは大戦で重傷を負った。だが彼はくじけることなく、壊滅した王都ブルメシアと聖都クレイラの再興のために尽力した。そしてフィリップは、ブルメシアとクレイラを統合したまったく新しい国を打ち立てた。王太子パックがその後を継ぎ、ブルメシアに繁栄と平和をもたらしたのだった。


目次


編集後記


 物語の中でのブルメシア王は、登場する場面も時間も少なく、アルティマニアにある記述もわずかです。飛空艇革命に立ち会ったこと、退くことを知らない性格であること。ほんのそれぐらいで、はっきりとその人柄を知ることはできませんでした。

 ブルメシア王について考察しはじめたとき、まず気になったのは彼の息子パックの年齢でした。
 物語の始まったガイア歴1800年の時点で、パックは14歳。一方のブルメシア王は49歳。つまりパックは、王が35歳のときの子供ということになります。
 リンドブルム大公シド9世が公妃ヒルダと結婚したのが22歳のとき。アレクサンドリア女王ブラネが結婚したのは16歳のとき、王女ガーネットを産んだのは23歳のとき。
 こうして比較すると、パックの誕生がどれだけ遅かったのかが分かります。もちろん、若いうちに結婚したものの長く子供が授からなかった、という理由も考えられます。でも僕は、王の結婚が遅かったのだと想定しました。そして結婚が遅れた理由を、飛空艇革命の最中に起こった暗い事件と関連づけたのです。
 ブルメシア王クロヴィスとその息子フィリップの悲劇は、飛空艇革命の背景を考察する過程で生まれたエピソードでした。

 ちなみに、フィリップの名前は、FF2に名前のみが登場する竜騎士フィリップから借用したものです。エリナとリチャードもやはりFF2の登場人物で、エリナはフィリップの妻、リチャードは彼の親友です。

 飛空艇革命についての情報もごく限られています。アレクサンドリアとブルメシアの間で戦争が起こり、それをリンドブルムが仲裁した。明確に分かるのはこれだけです。
 あとは、この戦争の折にブラネの父が戦死し、スタイナーが孤児になったことがアルティマニアで言及されています。このことから、アレクサンドリアが主戦場になったものと考えられるのです。ブルメシア側が宣戦しアレクサンドリアに進軍したという経緯は、この点のみが根拠となっています。
 飛空艇革命の、アレクサンドリア側の経過については「女王ブラネの過去
」を参照してください。