女王ブラネの過去
女王ブラネの過去
ブラネ・ラザ・アレクサンドロスについて、物語の登場人物やアルティマニアは興味深い事実を語ってくれる。それに伴って新たな疑問も湧くこととなった。
ブラネの父は、飛空艇革命の折に死亡したらしいが、その死因は不明である。
彼女は16歳の時に結婚し同時に女王に即位したが、あくまでそれは「王妃」となったことを意味しているらしい。
彼女の娘ガーネットは6歳の時に死亡し、その直後、海岸に漂着してきた少女をガーネットの身代わりに仕立てあげたが、なぜそうまでする必要があったのかは分からない。
彼女はブルメシアに宣戦布告し、首都を壊滅にまで追い込んでいる。侵略戦争としては度が過ぎた行ないであり、戦略的な意図を読み取ることができない。
彼女の君主としての評価は、人によって大きく異なる。
さて、ブラネとは、はたしてどういう人物だったのだろうか。
飛空艇革命
1769年の秋から翌1770年の春にかけて、霧の大陸では嵐が吹き荒れていた。長年にわたりくすぶりつづけていたアレクサンドリア王国とブルメシア王国の領土問題が、ブルメシア側の宣戦布告によって再燃したのである。
こうして勃発した第29次亜布戦争――アレクサンドリアでは、ブルメシア戦役と言い習わされている――では、あまりに多くの血が流された。それは、アレクサンドリアの首都にまでブルメシア軍が侵攻して非戦闘員までも死傷させたためであり、ブルメシア兵の蛮行はブルメシア王の厳命によっていた。
アレクサンドリア王都が救われたのは、皇太子アンドリューと彼の片腕だったラザ将軍の活躍があったからこそである。ブルメシア軍は王城の間近まで迫りながら、2人が率いる精鋭部隊によって敗走し、さらに近隣諸侯が派遣した援軍の追撃にあって壊滅したのだった。この勝利をきっかけにしてアレクサンドリア軍は防衛線を再び押し上げることができたのだが、その代償としてあまりに大きな対価を支払うことになってしまった。ラザ将軍が戦死し、アンドリューも敵兵が投げた槍によって重傷を負ったのである。
怒りに燃えたアレクサンドリア軍は怒涛の勢いで進軍、ブルメシア軍に対し連戦連勝し、戦況をまったくの五分とした。そしてノールッチ高原で最終決戦が行われようとした時、リンドブルムの飛空艇艦隊が突如飛来し、戦闘の即時中止を命じたのである。
じつはこの直前、皇太子アンドリューが先の戦傷がもとで命を落とし、戦争を引き起こしたブルメシア王も王子である息子によって殺されていたのである。これらの変事をいちはやく察知したリンドブルムは、両国を仲介することで戦争の早期終結を図ったのだった。
事実、アレクサンドリアとブルメシアの講和はすみやかになされた。強権的であった王を排除したブルメシアは、内政の混乱を収拾するのに手一杯だった。アレクサンドリアも、皇太子の死に動揺しきっていた。講和条約の内容と両国の国境線は、リンドブルムが主導して決定していった。
これが、後に語られる飛空艇革命の全貌である。
幼童王アンドリュー
飛空艇革命によって平和がもたらされたものの、アレクサンドリアは悲しみに沈んでいた。敬愛すべき皇太子を失い、国民は灯が消えたようになってしまったのである。
時のアレクサンドリア王は以前から病床についており、政務はもっぱら皇太子アンドリューが執り行なっていた。王は、政治の停滞をおさえ国民の悲しみをまぎらわすために、禅譲を決意した。新王即位の報はただちに国内全土に伝えられ、国民は活気を取り戻した。新たに玉座についた王は、亡き皇太子の息子であり、そして父の名を継いだ人物だった。
アンドリュー・アルス・アレクサンドロス。
わずか6歳で即位した幼い王は、新時代の象徴として国民に受け入れられた。
しかし幼いアンドリューの前途は、当然ながら容易なものではなかった。
父が腹心として信頼していた人物が周囲を固めていたものの、力の無いアンドリューに対する諸侯の不満は高く、国民も不安を抱いていた。さらに、幼いアンドリューは操り人形でしかないというような中傷も流布することになり、諸臣は自分たちが国民に信用されていないことに悩んだ。
救いの手を差し伸べたのは、やはりリンドブルムだった。
大公シド8世は、ブルメシアの新王フィリップと盟約し、この年若い君主を支持していた。同じように、アンドリューの後見となってアレクサンドリアを支援しようと、シドは申し出たのである。
産業革命のまっただなかにあったリンドブルムは、市場の拡大に積極的だった。アレクサンドリアもブルメシアも、内政の安定のために大国の助力を望んでいた。利害が一致した3国は繰り返し同盟を結んで連携を強めた。そうして霧の大陸は、平和の時代を迎えたのである。
ブラネ・ラザの輿入れ
幼童王アンドリューが即位して6年の歳月が流れた。
諸臣は、力をつけたアンドリューに親政をとらせることを考えはじめていた。まだ幼いものの、才知に優れていたアンドリューは、王として十分な器を備えていると周囲に見なされていた。
しかしアンドリューは、敵も少なからず持っていた。とくに南部の大都市トレノを領する四公爵は、幼い王に不信を抱きつづけていた。大国リンドブルムの後ろ盾があったからこそ、彼らはアンドリューの即位もしぶしぶ認めていたのである。
もともとアレクサンドリアは連邦国家としての性質が強く、諸侯の力が大きい。アンドリューが親政を始めるにあたって、外国だけでなく、国内の有力者が後見人となるのが望ましかった。そうして国民の支持を得て、諸侯の反発を抑える必要があったのである。
白羽の矢が立ったのはラザ侯爵家だった。代々将軍を輩出する武臣の家柄であるラザ家は、領地こそ小さいものの、国内外にその名を知られる強力な貴族だった。また先の戦争で戦死したラザ将軍の娘ブラネがちょうど年頃で、そろそろ縁談が持ち上がってもおかしくない時期だった。
ブラネは武将であった父に似て勝気な少女で、その一方で、母に似て心優しいところも持ち合わせていた。母は優秀な文官を輩出してきた家系の出身でもあり、ブラネは両親から武断と文治の才を受け継いでいた。王の妻として、これ以上の適任者はいなかった。
わずかのあいだにアレクサンドロス家とラザ家の縁談はととのえられ、結婚式が盛大に執り行われる運びとなった。このときアンドリューは12歳、ブラネは16歳だった。咲きかけの花を思わせる可憐な王妃の誕生に、国民はふたたび沸いた。
ただ王は幼かった。アンドリューはブラネを姉のように慕い、ブラネもアンドリューを弟のように可愛がったものの、2人が真の夫婦になり子を得るのはもうしばらく先のことだった。
突然の不幸
若きアンドリューとブラネの間に待望の世継ぎが生まれたのは、2人が結婚してから8年後のことだった。王女ガーネット・ティルの誕生は、国民をみたび喜ばせた。アレクサンドリアは長い歴史の中で数多くの女性君主を立てており、そのいずれもが名君だったからである。
アンドリューはやっと20歳になったばかりだったが、王位継承者を得たことで、アンドリューとブラネの地位は確固たるものになったように思われた。これで、トレノ四公をはじめとする諸侯も王にしたがうことだろう。とくにラザ家の権勢は、揺るぎないものになるはずだった。
しかし不幸なことに、ガーネットはわずか6歳で病死した。王女の死は、アレクサンドロス王家に衝撃を与えた。世継ぎを失うことは、王朝を支える柱を欠くことと同じだった。なによりアンドリューとブラネには他に子供がおらず、2人は愛娘を失ったことに打ちのめされたのである。
悲しみにくれていた夫婦のもとにある知らせが届いたのは、激しい嵐の夜だった。密かにガーネット王女を葬ったばかりだった夫婦は、闇に沈む城内の船着場で一組の母子を見つけた。小船に乗って流れ着いた母子のうち、母親はすでに息絶えていたが、娘の方にはまだ息があった。驚いたことに、少女は死んだばかりのガーネットと瓜二つで、彼女の額には一本の角が生えていた。夫婦は、この少女を亡き王女の生まれ代わりだと考え、彼女を実の子として育てることにした。角を切り取られた少女は「ガーネット」と名づけられ、王女の死は隠された。真実を知る人物は、王朝内でもごく限られていた。
召喚獣とガーネット
亡き王女と同じ名を与えられたガーネットは、アンドリューとブラネのもとで健やかに育った。アンドリューとブラネは、ガーネットを深く愛した。幸せに満ち溢れた彼らは、ほんとうの家族となんら変わるところが無く、その関係を疑う者などいなかった。
ただ一つ、気にかかることがあった。ガーネットは、感情を高ぶらせると召喚獣を呼び出すことがあったのである。
召喚獣とは、そのむかし大陸全土を巻き込む戦争が起こったとき、時のアレクサンドリア王が自軍の主戦力として取り込んだ精霊のことである。召喚獣は自然をあやつる強大な存在であり、呼び出す術者の心のありさまによって、善にも悪にも転ぶ危うい存在だった。事実、アレクサンドリアはこの戦争の最中、実験的に呼び出した召喚獣の力によって首都が壊滅している。召喚獣はあまりに強大な存在であり、それゆえ人々から崇拝され、また忌避もされた。
そしてガーネットは、召喚獣を5体もその身に宿していたのである。
王の側近の中には、そんなガーネットを危険視する者もいた。彼女が呼び出す召喚獣は暴走こそしないものの、宿主であるはずのガーネットでも制御できなかった。ガーネットも、幼いながらに、自分の中にある力に脅威を感じていた。
アンドリューとブラネは懸命にガーネットをかばい、またガーネットの不安を取り除こうとした。彼らは、なによりガーネットのことを愛していたのである。そうして、ささやかな、温かな幸せを守ろうとしたのだった。
不幸の再来
しかし、その幸せさえも長くは続かなかった。30歳の若さでアンドリューが急死したのである。
ブラネの悲しみはあまりに大きかった。幼い頃からともに時を過ごした伴侶を失ったことで、ブラネの心は空虚になった。ブラネにとってアンドリューとは友であり、弟であり、夫であり、紛れもない半身だった。娘であるガーネットさえも、悲しみに沈む母を支えることができなかったのである。
ブラネは、亡き夫の代わりに王位につき女王となった。いまにも心が折れそうだったブラネは、女王としての政務をこなし、芝居を観劇することで悲しみをまぎらわせた。政務に専念していれば、芝居に夢中になっていれば、その間は夫の死を忘れることができる。それでも不意に悲しみに襲われることがあると、ブラネは怪しげな薬を用いることでひとときの安らぎを得ていた。
仁政を布いて名君と呼ばれたブラネは、しかしその一方で、昔の面影を失っていった。かつての美貌はもはや無く、娘ガーネットへの愛も失われてしまったのである。
そして空虚になったブラネの前に、一人の青年が現れた。
芽生えた憎悪
青年の名をクジャ・キングといった。
キングとは、トレノの都を治める4つの公爵家の筆頭であり、クジャはその家の当主を名乗った。キング家はアレクサンドリア国内で最大の工廠を持っており、さまざまな兵器を生産してはアレクサンドロス王家などに売っていた。クジャもやはり、武器商人としてブラネのもとを訪れたのである。
クジャは、ブラネに一体の黒魔道士兵を献上した。強力な黒魔法を使い、人の命令に逆らうことのない操り人形。世界を覆う霧から生産されるこの人型兵器は、無尽蔵に生産することができた。
そしてクジャはブラネに耳打ちした。「ブルメシアのネズミどもが、ふたたびアレクサンドリアを襲おうと企んでおります」と。
ブラネに、彼女の父ラザ将軍が他でもないブルメシアによって命を奪われたことを思い出させたのである。遠い昔に忘れ去っていたはずの憎悪がブラネの心を占めるのに、たいした時間はかからなかった。ブルメシアへの憎悪にとらわれたブラネは軍事力の増強に走った。
さらにクジャは、ガーネットの体内に宿る召喚獣の存在を見抜いていた。召喚獣は、かつての大戦でも用いられていた。戦力としてこれ以上のものは無い。クジャはブラネに、ガーネットの体内にある召喚獣を取り出し自在に操る術を教えた。こうしてブラネは、娘の中にある強大な力まで欲するようになったのである。
そしてブラネは、ついにブルメシアに宣戦布告した。第四次大陸戦争の勃発である。
深い傷跡
黒魔道士兵を導入したアレクサンドリア軍は無敵だった。命令に逆らわず、死を恐れない黒魔道士兵は最良の殺傷兵器といえた。彼らによってブルメシアの王都は全滅した。さらにガーネットから召喚獣を抽出したブラネは、その力で砂漠の都クレイラを一瞬で消滅させた。ブルメシアの盟友だったリンドブルムも、召喚獣によって半壊させられた。
わずかのあいだに霧の大陸全土を支配したブラネは、しかしクジャの裏切りによって戦死してしまった。そしてブラネから召喚獣を奪ったクジャは、その力でこんどはアレクサンドリアを滅ぼしたのである。
のちにクジャは八英雄によって討たれたが、国々が追った傷はあまりに深かった。
母の後を継ぎ女王となったガーネットは、アレクサンドリアだけでなく諸国の復興のために心を砕くことになった。
目次
編集後記
ブラネについて考察しはじめた頃、僕はひどく混乱していました。
ブラネは「アレクサンドリア女王」でした。アルティマニアには、ブラネが16歳の時に、結婚と同時に女王に即位したと明記されています。
しかしゲーム内では、シドはブラネの夫を「アレクサンドリア王」と呼んでいました。
これでは、王と女王が同時に即位していることになってしまいます。一国に、2人の君主が立っていることになるのです。共同王や二王制といったものも考えられますが、どうもしっくりきませんでした。
疑問が解決したのは、ずいぶんあとになってからでした。トットが、ブラネのことを「王妃」と呼んでいたことを思い出したのです。ブラネはアレクサンドリア王と結婚して王妃となり、夫である王の死後、彼に代わって女王として国を治めていたのです。このことが分かって、僕の中のブラネ像は急激に固まっていきました。
アレクサンドリアとブルメシアの因縁もずいぶん前から考えていましたから、これら2つの要素をつなげることで、アレクサンドリアの歴史をさらに深く考察することができました。
ブラネの夫アンドリュー――つまりアレクサンドリア王については、かなり短時間で設定ができあがりました。
もともとリンドブルム大公シド9世の親友であったことから、彼と同年代であろうことは考えていました。すると、必然的にブラネよりも年下になってしまいました。
アンドリューについての設定を考え出すと同時に、彼の父である皇太子アンドリューと、ブラネの父であるラザ将軍のアイデアも浮かびました。
皇太子アンドリューは、息子のアンドリューが幼いうちから王になる、その原因として考え出した人物です。皇太子アンドリューの若すぎる死は、同時にその息子であるアンドリューの死にも直結しているように思えます。ラザ将軍も、ブラネが王家に輿入れする根拠はもちろん、ブルメシアに対して向ける憎悪の理由を提供してくれました。ラザ家は有力な貴族でありブラネが王妃となるときの後ろ盾になり、またラザ将軍の死がのちの大戦の悲劇を招いてしまったのです。
クジャについては、キング家の当主として言及してあります。このことはゲーム内でも暗示されていますが、僕自身は、あくまで名代だったのではないかと考えています。つまりキング公の代理人です。
彼はブラネに黒魔道士兵を提供し、その製造技術を伝えました。同時に、ガーネットの体内に宿る召喚獣の抽出方法と操り方も教えています。クジャは暗躍者であり、ブラネの過去の記憶を呼び覚まして、アレクサンドリアとブルメシアの戦争を引き起こしたのでした。
もう一つ悩んだのが、王女ガーネットと召喚獣に関する記述です。とくに、ガーネットがいつの時点から召喚獣の存在を知っていたのかということが疑問でした。
ガーネットは「召喚魔法が恐かった」と発言していました。また、召喚獣に関する文献が少なからず存在することも分かります。エーコがわずか6歳で召喚獣を操ることができたことを考え合わせると、やはりガーネットもそうとう早い時期に召喚獣の存在に気づいていたことでしょう。エーコと違って召喚魔法を使いこなせなかったのは、ガーネットが角を失っていたからだと考えられます。角は、召喚士と召喚獣が交信するために不可欠なものだからです。