トレノの聖騎士


トレノの聖騎士


 アレクサンドリア王国の南部にある大都市トレノ。
 貴族の町として知られるこの都市で、物語の主人公はキング、クイーン、ビショップ、ナイトという4つの貴族と接触する。とくにキングとビショップは、物語の根幹に関わる存在であり、「アレクサンドリア」という国の情勢を考察する上で、様々な材料を提供してくれる。
 だが、ある疑問が残る。キング、クイーン、ビショップ、ナイトという名称は、チェスの駒から借用したものであることが明らかだ。にもかかわらず、ポーンとルークが欠けている。これはなぜか。
 歩兵であるポーンはいわば平民であり、貴族の列から外してもたいしたことはない。
 問題は城兵――ルークの扱いである。
 ルークは大駒であり、その地位はクイーンに次ぐ。小駒であるビショップやナイトよりも高位にあるルークは、けっして無視できる存在ではないはずだ。しかし物語の中で「ルーク」という名称は登場しない。

 この事実は、いったい何を暗示しているのだろうか。


トレノの領主たち

 まだ霧の大陸が「霧」に覆われていなかった頃、大陸北東部はグニータス王国の支配下にあった。グニータスは、南方のアーブス山脈を挟んでユーノラス共和国と、西方のノールッチ高原を挟んでデインズホース王国と接し、これら3国は長らく大陸の覇権を争っていた。
 アーブス山脈の東端、湾を望む崖の上に位置していたトレノは、グニータスの数多い植民都市の一つでしかなかったが、ユーノラスの軍勢が北上してきた時の盾として重視されてもいた。同時にトレノは街道の交差点でもあり、この町には人と物がよく集まった。
 ガイア暦3世紀末、グニータス王国がデインズホース王国と連合しユーノラス共和国を攻撃した。連合軍は開戦当初こそ優勢に事を進めたが、ユーノラス軍の指揮権が勇将エドワードに移ると、戦況は一気に逆転してしまった。国境が破られユーノラスの侵入を許したグニータスとデインズホースは、相次いで首都が陥落した。こうして大陸全土はユーノラス共和国に統一され、新たにユーノラス統一王国が誕生した。
 トレノには土着の貴族が5家あったが、ユーノラス皇王エドワードは、この5家の筆頭を王に封じ「キング」を名乗らせた。他の4家――クイーン、ルーク、ビショップ、ナイトにも大公位を与え、領主として都市の自治を許した。もともとユーノラスは共和国であり、分権的な政策の方が国民性に合っていたのだ。
 統一王国は、首都ユーノラスの他にキングエドワード、クイーンリディア、リンドブルムといった都市を治世の要とし、皇王から独立した権限を与えていた。そしてトレノも、旧グニータス領への中継地として、先に挙げた主要都市と同列に扱われた。
 トレノ諸侯と皇王家は繰り返し婚姻を繰り返し、そうしてトレノは、大陸北東部最大の都市として長く繁栄を誇ることになった。


簒奪王アレクサンドロス

 キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト。
 トレノを領する5家に危機が訪れたのは、ガイア暦8世紀のことである。“霧”が発生し、緑の大陸――以前、「霧の大陸」はこう呼ばれていた――を覆ったのだ。“霧”に沈んだ都市や町村はことごとく魔物に襲われた。首都ユーノラスも例外ではなく、王族はみな魔物の爪牙にかかり、結果、統一王国は滅んだ。
 このとき、トレノ諸侯は事態を収拾するため迅速に行動すべきだった。だが彼らは、皇王家に近すぎた。血縁関係の深い皇王とその親族の安否を気にするあまり、冷静に状況を見極め判断することを怠った。
 その間隙を突いて台頭したのが、アレクサンドロス侯爵だった。
 アレクサンドロス家は、グニータス盆地の北部アレクサンドリア地方を領する貴族であり、ユーノラスが重要視していた大河シーベルの水源と、その周辺に広がる森と沼地を管理していた。
 “霧”が発生すると同時に、時のアレクサンドロス候カロルスは低地にいた民を高地に呼び集め、湖畔の候都アレクサンドリアに避難させた。また近隣の諸侯に呼びかけて兵を集め、逃げ遅れた人々を救い出し、高地へ侵入しようとする魔物を防いだ。
 皇王の死が伝わってくると、諸侯は新体制を立ち上げる必要を迫られた。諸侯はユーノラスの伝統にならって選挙を行い、カロルスが、アレクサンドリア王として即位することになった。
 “霧”が発生したことで多くの貴族が領土を喪失していたし、魔物に対処するために強力な軍を組織しなければならなかった。諸侯はカロルスに権力を集中させ、体制を速やかに整えるよう要請した。カロルスは見事期待に応えた。新たにアレクサンドリア連合王国が建設され、アレクサンドリア王の下で、諸侯は自らの権勢を維持することに成功したのである。

 時代の変化に取り残されたのはトレノだった。
 北部諸侯が選挙によって王を立てようとしたときも、トレノの五王公は「ユーノラス皇王の許しが無いまま新王を立てることは、大逆に値する」と強硬に反対した。そしてカロルスが即位すると、今度は「大逆者の討伐」を名目に、トレノ軍はアレクサンドリアに攻撃を仕掛けたのである。
 このトレノの行動に、カロルス王と彼を支持する諸侯、そして国民は激怒した。アレクサンドリア軍は圧倒的な力によってトレノ軍を叩きのめし、一月とたたずにトレノを陥落させてしまった。
 諸侯と国民は、トレノの五王公に対して最も厳しい処罰を求めた。
 しかしカロルス王は、トレノ諸侯の中に流れるユーノラス皇王の尊い血に敬意を表するため、キング家から王位を、他の4家から大公位を剥奪するにとどめた。この寛大な処置に、カロルスへの支持はますます高まった。
 トレノの5つの貴族は、カロルスによって、あらためて公爵に封じられた。以後、彼らはトレノ五公と呼びならわされることになるのだが、それは、ユーノラス皇王の血筋が、成り上がりの王に屈服したことを意味してもいた。
 この時から、アレクサンドリア王家とトレノ諸侯の確執は始まった。トレノ五公は、表面的には王家に服従していたが、影では王を「簒奪者」と蔑んでいた。


聖騎士ルーク

 時が流れ、“霧”によって生まれた混乱を治めたアレクサンドリア王国は、内政の安定をみると、領土の拡大へと政策を転換させた。近隣諸国も、似たようなものだった。
 10世紀以後、霧の大陸は群雄割拠の時代にあった。アーブス山脈以南はリンドブルム王国によってほぼ統一されていたが、山脈以北は国家が乱立していた。
 北部アレクサンドリアと東部ベンティーニを領するアレクサンドリア連合王国。
 山脈に刻まれた渓谷に居城を構える、アーブス山脈東半の雄ボーデン公。
 同じく山脈西半の有力者、緑豊かな台地を領するブヤーン大候。
 大陸北西部を統治する、砂漠と草原の王国ブルメシア。
 そして、北ノールッチ王国と南ノールッチ王国。両国の領土は、アレクサンドリアとブルメシアの狭間にある高原全域に及んでいた。
 南北ノールッチの情勢はとくに複雑だった。高原南部は人間の、北部はネズミ人の国であり、両者の勢力図は常に書き換えられてきた。この対立に、アレクサンドリアとブルメシアが干渉した。アレクサンドリアは同族である南ノールッチを、ブルメシアも同族の北ノールッチを支援した。100年にわたる戦いの末、ついに南ノールッチの首都がブルメシアの手に落ち、アレクサンドリア側の敗色が濃厚になった。

 苦境に立たされた祖国アレクサンドリアを救うために一人の若者が王都を訪れたのは、そんな頃だった。
 若者の名をセシル・ルークといった。彼はトレノ五公の一角を担うルーク家の若き当主であり、光の聖剣技を使いこなすトレノ軍の大将でもあった。セシルはアレクサンドリア王に謁見し、トレノ五公の代表として自身を遠征軍に加えるよう奏上した。王とその家臣はセシルに不審を抱いてはいたが、彼が率いてきた軍勢は非常に魅力的だった。セシルの軍はよく訓練され、兵数も申し分なかった。
 起死回生の一手として、王はセシルの参戦を許した。
 王の判断は正しかった。辺境の寒村ダリにある物見山をブルメシア軍から取り戻すと、この小さな丘を拠点にしてセシルは一気に反撃に出た。高原の要所に次々と陣を布き、攻防双方に優れた戦略を展開した。重厚な鎧をまとったトレノの騎兵を前に、軽装歩兵を主体とするブルメシア軍は無力だった。さらに、トレノで新たに開発された大砲を初めて戦法に取り入れたことで、アレクサンドリア軍はますます優勢になった。
 ブルメシア軍が竜騎士を投入して、戦局は再び変わった。空駆ける飛竜に乗る騎兵は機動力に優れ、アレクサンドリアの騎兵と砲兵は苦戦を強いられた。しかしセシルはあきらめなかった。彼は、戦争や政治に興味を示さず、ただ研究と修行に明け暮れていた魔道士に呼びかけた。セシルの真摯な声に、白黒を問わず多くの魔道士が参戦に応じた。
 そして戦況は、また五分に戻った。

 戦いが長引くにつれて、セシルは戦いを続ける意義が失われたと感じるようになった。彼は独断でブルメシア軍の指揮官に親書を送り、休戦を呼びかけた。敵軍の指揮官も、この申し出を快諾した。
 セシルは急いでアレクサンドリア王に使者を送り、事の次第を報告すると同時に休戦調停の是非を問うた。たびかさなる遠征で国内が疲弊していたこともあって、王はセシルに賛同し、調停に応じるようにと勅令を出した。
 両軍は、すみやかに調停の準備を整えた。
 かつて南北ノールッチの国境線の基点とされたメリダの泉のほとりで、アレクサンドリア軍の大将セシルと、ブルメシア軍の竜騎士カインは会談をもった。ほどなく2人の間には、人間とネズミ人の、種族を越えた友情が芽生えた。彼らは国境線を定め、南ノールッチはアレクサンドリアの、北ノールッチはブルメシアの所領と確認された。
 セシルとカインが接触したのはこれが最初で最後だったが、このとき生まれた2人の友情は、生涯失われることがなかった。


聖騎士フォウカー

 新たな騒動が持ち上がったのは、セシルがアレクサンドリアに帰還した直後だった。
 セシルは、アレクサンドリアとブルメシアの和平が成立したことを王に報告したその場で、唐突に、結婚の報告をしたのである。相手は、ブルメシアとの戦いの折にセシルの求めに応じて参軍した白魔道士の一人で、名をローザといった。
 ローザは平民であり、もとは農家の娘だった。
 身分違いの結婚は、当時、非常に厳しく禁じられていた。ましてセシルは、トレノを領する五公爵の第3位にあたる人物。トレノにいる他の公爵はもちろん、密かに「ルークを王女の夫に」と望んでいたアレクサンドリア王にとっても寝耳に水な話だった。
 周囲はセシルに結婚をとりやめるよう説得を試みたが、セシルが彼らの言葉を聞き入れることはなった。あろうことか、爵位と領地を返上し、自ら平民に身を落とすとさえ宣言したのである。
 身分の違いが結婚の妨げになるのなら、身分を捨てればすむ話だ、と。
 セシルの意思が固いことを知ると、王はセシルから爵位と領地を取り上げ、ローザとの結婚を祝福した。王は、その代わりにと、セシルに「聖騎士」という称号を付与し、あわせて、新たに姓を贈らせてほしいと申し出た。これはたいへん名誉なことだった。
 こうしてセシルは最初の聖騎士となり、そして「フォウカー(平民)」という姓を王から与えられた。
 以後、フォウカー家は代々聖騎士を輩出し、王家の守り手として、剣を振るうことになった。


アレクサンドリアの聖騎士

 ルーク家最後の当主セシルの活躍によって、他の四公も多大な恩恵を受けた。王家と和解するきっかけが生まれ、宮廷を自由に出入りできるようになったのである。たしかにルークの家領を失いはしたが、それ以上のものを彼らは得たのだ。
 現代においてもトレノ四公は、アレクサンドリア王に匹敵する影響力を持っている。
 ただ、王と四公の関係は、その時々で変化していった。アレクサンドリアとトレノは長い歴史の中で、対立と和解を繰り返した。
 かつてルークを名乗っていたフォウカーも、その時々で立場が揺らいだ。フォウカーは聖騎士としてアレクサンドリア王の側近くに仕えながら、王家とトレノの友好が続くよう努力した。しかしその一方で、アレクサンドリアに与する裏切り者として、トレノから冷たい視線を向けられてきた。とくにキング家がフォウカー家に対して抱く憎悪は、どれほど時が流れても消えることが無かった。
 15世紀始めに活躍したフライネルは、フォウカーの家名を継ぐ最後の聖騎士となったが、その血筋はアレクサンドリア女王ルイーザとの間に生まれた子供に引き継がれた。また聖騎士の称号も、フライネルが推挙しルイーザが信任した騎士に受け継がれた。これ以後、聖騎士の称号は王やその家臣が推薦し、王が信任した者に与えられるようになった。


目次


編集後記


 トレノの町並みを眺めていると、あるものが目に入ります。
 それは、トレノに住む貴族の紋章です。
 キング家はスペード、クイーン家はハート、ビショップはダイヤ、ナイトはクラブというぐあいに、彼らはカードのスーツに対応した紋章を所有しています。この場合、スーツは4種ですから、貴族の数も4つになるのが自然です。
 しかしその一方で僕は、これら貴族の家名がチェスをモチーフにしていることにも気づいていました。
 チェスの駒は6種類。キングを筆頭にクイーン、ルーク、ビショップ、ナイトそしてポーンがあります。冒頭で言及したとおり、ポーンはいわば平民であり、貴族の列に加わっていなくても不自然ではありません。

 では、なぜルークは欠けているのか。
 僕は、かつてルーク家がトレノを裏切り、そのためにトレノ貴族の列から除かれたのではないかと考えました。物語の中でも、キング家が女王ブラネに近い立場にあった一方で、ビショップは女王に追放されたトットをかくまっていました。トレノ貴族は、けっして一枚岩ではなかったのです。逆にビショップ家と王城が地下道ガルガン・ルーで繋がっていたことから、かつて王家とビショップが近しい関係にあったこともうかがえます。
 どうやらその時々で、トレノ諸侯とアレクサンドロス王家の関係は変化してきたようです。だから「ルーク」という消えた貴族についても、そのことをからめて考察できたのでした。

 ルークと聖騎士が結びついたのは、かなり早い段階でした。
 というのも、じつは「100年後の物語」の最初期のプロットで、ルークという姓の聖騎士が登場していたのです。この聖騎士は、トレノから離反した有力貴族の末裔という設定でした。このときのルーク家の設定を、そのまま今回の考察に流用したのです。
 さらにルークは、一定の条件がそろうと「キャスリング」という特殊な動きをします。これは「入城」といい、キングをルークの内側に移動させることで敵の攻撃から守ったり、戦局を優位にしたりします。いかにも、王を守る聖騎士――パラディンにふさわしい能力ではないでしょうか。
 これらを踏まえて、ルーク家の当主はトレノを離れてアレクサンドロス王家に近づき、パラディンとなりました。そうして最初の聖騎士の名前は、FF4の登場人物であるセシルと同名になったのです。

 一方、ルークとフォウカーが結びついたのは、もう少し後のことです。
 フォウカーは、『飛立翼』第4話や『暗黒騎士スタイナー』でも言及した騎士の名前です。聖騎士フライネル・フォウカーの設定は、ジタンを騎士にする布石として、小説を書きはじめると同時にできあがったものでした。
 「フォウカー」という姓の由来は「フォルカー」――FF11に登場する戦士の名前です。つづりは独語風の「Volker」と書き、これを英語風にしたものが「Folker」で、「臣民・平民」という意味を持ちます。
 聖騎士セシルにルークの名を捨てさせ、フォウカーを名乗らせたのは、4におけるセシルのその後を意識したものでもあります。