セイブザクイーン
セイブザクイーン
物語に登場するセイブザクイーンは、アレクサンドリアの聖騎士が用いる騎士剣だ。女将軍ベアトリクスをはじめとする歴代の聖騎士が受け継いできたこの剣は、王家を守る者の象徴といえる。
「女王を守れ」という銘を持つ騎士剣、セイブザクイーン。
その名の由来は、いったいなんなのか。
女王と2人の騎士
ガイア歴1500年。アレクサンドリア国内で150年にわたり続いていた戦乱の時代が、ようやく終わりを告げた。大陸随一の武家といわれるスタイナーの尽力によって、アレクサンドリア王国を構成する諸邦が和平に応じて連携し、連合王国本来の体制を取り戻したのである。
時を同じくして、女王ルイーザ・セラが16歳の誕生日を迎え、この若い女王の親政が始まった。これを機に、王家を守る親衛隊の再編が進められた。そして新たに2つの親衛隊が組織されることになり、その隊長としてフライネル・フォウカーとレオンハート・ザイデンハイムが抜擢された。まだ20代半ばと若い2人の騎士は幼馴染だった。生まれて間もなく孤児になったレオンハートがフォウカー家に引き取られ、レオンハートとフライネルは実の兄弟のようにして育てられたのだった。
フォウカーは、かつてトレノ四公に列していた聖騎士セシル・ルークの子孫であり、スタイナーとは比べようもないほど長い歴史を誇る名家だった。平民の地位にありながらその力は大きく、フライネルはそんなフォウカーの家長として、将来を嘱望されていた。セシルの血を色濃く受け継いだフライネルは、よく聖剣技を使いこなした。
ザイデンハイムもまた、決して無名な家系ではなかった。戦乱の時代にあって、ザイデンハイム家とこれが率いる傭兵部隊は常にアレクサンドリア軍の前衛に立ち、命を賭して王家と王国を守りつづけていた。レオンハートの父が編み出し、レオンハートが完成させた暗黒剣の技は、己の血と命を代償に金と力を得る傭兵の精神を、よく反映している。
ルイーザは、幼少の頃からフライネルとレオンハートの活躍を耳にしていた。賊や魔物の掃討に力を振るってきた若き騎士を、ルイーザは親衛隊に招き、彼らにそれぞれ聖騎士と暗黒騎士の称号を贈った。フォウカー率いる親衛騎士団とレオンハート率いる暗黒騎士団は、車の両輪となって女王を守ることになった。
サロニア山麓の反乱
女王の側近くに仕えるフライネルとレオンハートは、時とともに発言力が大きくなっていった。フライネル率いる親衛騎士団は王族や王城の警護に専念する一方で、レオンハート率いる暗黒騎士団は王都の外、主要な街道と宿場にまで管掌を拡大した。
同時に、レオンハートの力が大きくなるのを快く思わない人間も少なくなく、そうした人間は軍の内外にいた。もともと歯に衣着せぬ物言いをするレオンハートは、周囲から反感を買いやすかった。親友であるフライネルも、直属の上司であるスタイナー元帥も、そんなレオンハートを気にかけていた。
ある時、王都から程近いサロニア山の麓で農民が反乱を起こした。
はじめは地方の治安を担当する小部隊が鎮圧にあたったが、反乱民の抵抗が粘り強く、事態は膠着した。早々に事態を解決したかった諸臣は、レオンハートに暗黒騎士団の招集を要請した。精鋭ぞろいの暗黒騎士団であれば、短期間のうちに反乱民を押さえ込めると期待された。
「何かがおかしい」
部下を引き連れサロニア山麓へ向かうレオンハートを見送ったフライネルは、不安を抱えていた。
間もなく、レオンハートから王宮に2通の書簡が送られてきた。一通は女王宛の公文書で、諸侯の圧制や官吏の不正を告発し、反乱民を弁護する内容だった。もう一通はフライネル宛の私文書で、反乱の首謀者と酒を酌み交わし、和解したというものだった。
フライネルは、自身の不安が的中したことを悟った。
朝議は紛糾した。反乱民の鎮圧を命じられたはずのレオンハートが反乱民を弁護したことで、それは政府への攻撃と見なされてしまった。さらに数人の暗黒騎士がこの地方の出身であることも知れて、だからレオンハートは反乱民に味方するのだと考えられた。しかも不運なことに、反乱の起こった地域には王家の狩場である森の一部が含まれており、その狩場の管理者も反乱に加わっていることが判明したのである。
レオンハートの行動は、王家への反逆である、と拡大解釈された。地方貴族の不正は黙殺された。
フライネルは必死にレオンハートを擁護しようとしたが、それは、かえってフライネルを不利な立場に追い込みかねなかった。スタイナー元帥はくりかえしフライネルに忠告した。
女王ルイーザも、軽挙を慎むようフライネルに懇願した。
「なぜ止めるのです? わたしは、ただ友を助けたいだけなのに」
「分かっています。でも、あなたがこれ以上傷つくのを見ていられないのです! ……愛する人がこれ以上苦しむのを、見ていられないのです」
女王の一途な願いを踏みにじるようなことは、騎士フライネルにはできなかった。
いつしか、王朝はレオンハートと暗黒騎士団を糾弾する方向へむかっていった。
フライネルはもちろん、ルイーザたちも身動きが取れずにいた。
謀られた騎士たち
レオンハートと連絡がつかないまま、フライネルは密かに調査を始めた。レオンハートが告発していた領主の政策や言行を少しずつ調べ上げて不正を明らかにし、さらにレオンハートを攻撃した貴族や官吏の陰謀の証拠を挙げていったのである。
だが、フライネルが必要な証拠をそろえるよりも早く、レオンハートが動いた。
サロニア山の麓で、もう何週間にもわたって、暗黒騎士団と王国軍はにらみあっていた。森と岩場を砦に見立てて布陣した暗黒騎士団を前にして、王国軍は動けずにいた。暗黒騎士団もまた、王国軍を攻撃すればそれが女王への反逆ととらえられることを知っていた。
暗黒騎士団は篭城を余儀なくされた。多くの反乱民を抱えたまま、騎士団が用意してきた食糧は減りつづけ、人々は疲労していった。
限界が近づいていた。
レオンハートは、親友フライネルからの連絡が途絶えたことで、王朝が分裂状態にあること。その原因が、自身が良かれと思ってした行動にあることを悟った。しかしレオンハートは、フライネルだけではなく、ルイーザやスタイナーも以前と変わらず自分を信頼してくれていると確信していた。
そしてレオンハートは覚悟を決めた。
ある日の夕方、山中に身を潜めていた暗黒騎士たちが森を出て、王国軍に向かって盾を構えた。ずらりと並んだ漆黒の盾は、さながら城壁のようだった。間もなく王国軍は、盾を並べる暗黒騎士の後方で、反乱民が移動しはじめたことを知った。軍は慌てて反乱民を追跡しようとしたが、暗黒騎士が行く手を阻んだ。
反乱民は夜の闇にまぎれて、全て逃亡に成功した。かわりにレオンハートをはじめとする暗黒騎士は軍に捕らえられた。サロニア山麓出身である一部の暗黒騎士は、家族とともに逃亡していた。それはレオンハートの命令だった。
王都まで連行されたレオンハートは裁判にかけられた。女王への反逆という重い罪を背負わされそうになったレオンハートを救ったのは、他でもない女王自身だった。女王ルイーザは原告が提示する証拠や証言の矛盾を次々と指摘し、逆にレオンハートと対立した者たちの不正や陰謀の証拠を挙げていった。それらの証拠は、すべてフライネルが探し出したものだった。国民も見守る公開の場で、女王は権力を振りかざさずに法と論理によって正々堂々と忠実な騎士を救い、悪臣を排斥してみせたのである。女王の名君ぶりと2人の騎士の友情の堅さに国民は心を打たれ喝采した。
ただ一つ、反乱民の逃亡を手助けしたことだけは、動かぬ事実としてルイーザも認めざるをえなかった。
レオンハートの裁判が続く一方、フライネルは今回の変事がより強大な何者かの意志によって引き起こされたものであると考えていた。暗黒騎士の中に、サロニア地方の出身者が多くいたこと。反乱民の中に、王領狩猟区域の関係者が加わっていたこと。そしてそれらの事実を突き止め、レオンハート大逆の根拠だと声高に言ったのは誰だったか。
フライネルは、事件の背後にトレノ公キングの気配を感じ取っていた。しかし確たる証拠をつかむ前に、レオンハートを攻撃していた人物が相次いで変死した。口封じであることは明白だったが、真相は闇に消えた。
数日後、レオンハートの追放処分が決定された。
女王ルイーザは控訴しようとしたが、レオンハート自身がこれを止めた。無為に裁判を長引かせるよりも早々に決着をつけて、次の体制を整えるのに専念してほしい、とレオンハートはルイーザに願ったのである。
そうしてレオンハートの王都追放が確定した。かつて彼によって賊や魔物の襲撃から守られ命を救われた人々は、この決定を悲しみ涙した。
「女王を守れ」
どうにか極刑を免れ、追放処分を受けたレオンハートには、短期間の猶予が与えられた。そのあいだに彼は身辺を整理し、住み慣れた王都を離れる準備をした。
フライネルは、都を去るレオンハートに詫びた。自身が無力だったために、レオンハートを守りきれなかった、と。
それを聞いて、レオンハートは首を振った。たしかに暗黒騎士団の幹部は追放処分を受けたり財産を取り上げられたりしたが、命は取られずにすんだ。しかも暗黒騎士団が解散し行くあての無くなった団員を、フライネルが親衛騎士団に招き入れてくれた。それらのことを、レオンハートは深く感謝していた。
そしてレオンハートは、一本の剣を、フライネルに差し出した。その剣は、かつてザイデンハイム家が王から下賜された品だった。
「俺の願いを、おまえに託す。――女王を守れ」
ザイデンハイムの家宝を受け取ったフライネルは、レオンハートが王都を去ると、その剣を清めた。すると、長い戦いの日々のうちに血と暗黒の力を吸ってきた剣は、聖なる光の力を帯びた。
「セイブザクイーン」
新たに手にした騎士剣を、フライネルはそう名づけた。
友から託された「女王を守れ」という願いを、決して忘れないように。
次なる聖騎士が、その願いを受け継ぐように。
目次
編集後記
聖騎士フライネル・フォウカーと暗黒騎士レオンハート・ザイデンハイム。
2人は、小説『飛立翼』を書き始めると同時に、僕の中で生まれた人物でした。もともと構想していた「100年後の物語」の登場人物にフォウカーとザイデンハイムの子孫がいて、彼らの祖先が、アレクサンドリアの歴史を考察する重要な手立てになったのです。
『飛立翼』本編では、ジタンが騎士になり女王ガーネットに求婚する根拠として、彼らのエピソードを示しています。
「暗黒騎士スタイナー」では、アレクサンドリア王国とスタイナー家の歴史をからめながら、暗黒剣について考察しました。
FF9に登場する剣技の中に、スタイナーの暗黒剣とベアトリクスの聖剣技があります。これらの名称から単純に連想するのは、暗黒騎士から聖騎士パラディンにジョブチェンジした、4の主人公セシルです。
暗黒――闇の力を否定する4のシナリオに、僕は少なからず不満を抱いていました。暗黒騎士がかっこよすぎたからです(笑)。「闇を継ぐ者」で描いたレオンハートと暗黒騎士団の物語は、不遇な暗黒騎士の地位を回復させたくて創り出したものでした。結局、追放されていますけど(爆)。
「トレノの聖騎士」では、トレノを牛耳る4つの貴族について抱いた疑問への回答を試み、同時にアレクサンドリア王国の起源を考察しました。また、大貴族ルークとこれに連続するフォウカー家の歴史にも触れています。
僕の中では、聖剣技は暗黒剣に比べてずっと歴史が古い、という観念がありました。FF3で言及されている聖剣を使いこなすナイトと、暗黒剣を用いる魔剣士のエピソードの影響でしょう。そこで僕は、暗黒剣誕生以前の歴史を考察する手立てとして、聖剣技とそれに関連するルーク家を設定したのでした。
フライネルは、ルーク家最後の当主セシルの子孫です。
そして、この「セイブザクイーン」で、セイブザクイーンの由来を考察しました。そして僕はこの中で、騎士剣セイブザクイーンは、暗黒騎士レオンハートから聖騎士フライネルに手渡されたものであるとしました。
はじめ「セイブザクイーンは2本あったんじゃないか」と考えたりもしました。
2人の騎士が「我々は女王を、王国を守る」と誓い、その言葉をそれぞれが持つ剣の銘とした。そしてレオンハートが追放されたおりに2本のうちの1本――つまり暗黒剣が封印され、聖剣セイブザクイーンが残った、と。
でも僕は、レオンハートとフライネルの絆の強さを強調したかったものですから、セイブザクイーンをただ一本の騎士剣とし、レオンハートが「女王を守れ」という願いとともにフライネルに託したことにしました。
以後、騎士剣セイブザクイーンは聖騎士に代々受け継がれ、王を守り続けてきたのです。
ちなみにレオンハートとフライネルの名前は、FF2の登場人物であるレオンハルトとフリオニールの発音を変化させたものです。2で描かれている物語は、親友だった2人の対立と和解、そして離別の物語でもあります。