海賊大公ファブール
海賊大公ファブール
霧の大陸の南部を領するリンドブルム公国は、ガイアにおいて政治的・経済的にもっとも発達した君主国家である。この国を統治する大公は代々ファブール家が世襲しており、歴代の大公はみな民に慕われ信頼されてきた。
物語に登場するシド9世を初めとして、リンドブルムの歴代の君主はみな大公と呼称される。「大公」とは、王の次位にある者に与えられる称号である。つまり大公は、国家の頂点にあるべき存在ではなく、本来その上位には王がいるはずなのだ。だが物語の中に「リンドブルム王」という人物は現われない。アレクサンドリア王やブルメシア王に勝る権力を持つ「リンドブルム大公」とは、いったいどのような存在なのだろうか。
リンドブルム王国
かつて霧の大陸は、一つの大国によってその全土が支配されていた。200年代に興ったこのユーノラス統一王国は、頂点に皇王を戴いていた。初代皇王は不安定なままの辺境を治めるために、南部の台地上にあった砦を改修し、城塞都市として生まれ変わらせた。この城塞都市がリンドブルムである。
リンドブルムは軍事の要衝であると同時に、海洋貿易の拠点でもあった。軍事一辺倒で住みにくい構造をしていた都市は、一般民も居住できるように少しずつ増改築され、いつしか一大交易都市として知られるようになった。統一王国内でのリンドブルムの重要性が高まると、ユーノラス皇王は信頼のおける臣下をこの都市の領主に据えることにし、近衛将軍ヴァン・ホブスをリンドブルム王に封じた。500年代のことである。
800年代に霧が発生すると、ユーノラス統一王国は滅び去り、不吉な影から逃れようと多くの人々が高地へと逃れていった。皇王家と血縁関係を結んでいたホブス家は新たにリンドブルム王国を建設し、その領主はあらためてリンドブルム王を号することになった。
女海賊アリシア・ファブール
リンドブルム王国が建国された当初、ホブス王は領海を荒らし回る賊に頭を悩ませていた。統一王国が崩壊すると同時に、タガが外れた海賊がその勢力を拡大し商船を次々と襲うようになっていたのだ。しかし新興のリンドブルム王国には、これらの海賊を討伐するだけの余裕が無かった。そこで王は、敵対していた海賊団の一つと協力関係を築くことで事態の打開を図った。毒をもって毒を制す。王は彼らの海賊行為を容認する代わりに、他の海賊を駆逐するよう要請したのである。このリンドブルム王の求めに応じて海賊討伐を代行したのが、女海賊アリシア・ファブールが率いるファブール団だった。
若く美しいアリシアが率いる海賊団は、王朝からの支援を受けて武装を強化し、たちまち他の海賊団を平らげていった。領海に平和を取り戻した功績により海賊の首領アリシアは王国軍の将となり、彼女の部下も全て正規兵として迎え入れられた。この時から、ウォーハンマー(戦槌)がリンドブルム王国軍の公式装備として取り入れられることになった。ウォーハンマーは、アリシアを始めとする海賊が好んで用いた武器である。この王国軍の伝統は現代のリンドブルム公国軍にも受け継がれ、ウォーハンマーは公国軍兵士の標準装備となっている。
アリシアは、後にリンドブルム王子と婚姻を結んで公爵に封じられ、ファブール公を名乗ることになった。これ以後500年にわたって、ファブール公爵家はホブス王家に最も忠実な家臣としてリンドブルム王国を支えつづけることになる。
王を失った国
長く繁栄を誇ってきたリンドブルム王国にも、しかし亡国の危機が訪れた。
1300年代半ばにリンドブルム王家が断絶し、諸侯が空になった玉座を争いはじめたのだ。これに隣国アレクサンドリアが干渉し、王位をめぐる内乱は激化していった。
元来、リンドブルム王家とアレクサンドリア王家との間では政略婚が繰り返され、統一王朝時代から続く尊い血筋が守られてきていた。アレクサンドリアからすれば、主のいなくなったリンドブルムの支配権を得ることは、至極当然のことだったのだ。しかし、祖国がアレクサンドリアに併合されることを嫌い、これを阻止しようとする者が現われた。老元帥シド・ファブール1世と、その孫である宮廷騎士シド・ファブール2世――ファブール公アリシアの子孫である。
リンドブルム王国の繁栄を支えたのは、政治を司る王家ホブスと、軍事を担う公爵家ファブールの両家だった。国王の亡き今、ファブール家こそが玉座を預かり、国家の存続を図るべきである。シド1世はこの信念のもとに、新体制を立ち上げようとした。彼は兵を起こし、各地で紛糾していた諸侯の争いを治めようとしたが、その最中に命を落としてしまった。祖父の遺志を継いだシド2世は、怒涛の勢いで敵対する諸侯を次々と倒し、国内を再統一した。さらに国境近くで侵攻の機会をうかがっていたアレクサンドリア軍を破り、これを敗走させた。
国内を平定し国境の守りを固めたシド2世は、ついにリンドブルム公国の樹立を宣言した。そして自ら初代大公を号し、摂政として亡き王の代理を務めたのである。こうして過去に海賊公と揶揄されたファブール家は、他国の王とも肩を並べる存在としてリンドブルムに君臨することになったのだった。
強大な権力を握ったファブール一族ではあったが、彼らは、自分たちがあくまで王の代理でしかないことを自覚していた。歴代の大公はみな領土的な野心を抱くことがなく、身の程をわきまえ、ひたすら自国の民のために働きつづけたのである。そしてそうした歴代の大公の姿勢を、国民は強く支持しつづけたのだった。
英雄大公ファブール
数多くの名君を輩出し民に慕われつづけたファブール家の血筋は、しかし第12代大公シド・ファブール9世の代で途絶えることになった。彼は世継ぎに恵まれなかったにも関わらず、幾度となく離縁を申し出た妃の訴えを繰り返し退けた。シド9世は、自分の代で大公家の血筋が断たれることをむしろ肯定し、古い王の血が途絶えていく様を静かに見つめつづけたのだった。
その一方で、シド9世はエーコ・キャルオルを養女として迎え入れた。彼女は、1800年に起こった第四次大陸戦争を終結させ霧を晴らした八英雄に数えられる少女だった。エーコは後に、英雄ビビの子であるマグダレン辺境伯ラルス・オルニティアを夫に迎えてリンドブルム公国と新国家マグダレンの友好関係を築くのに一役買うなど、外交面で広く活躍した。
エーコは長じると義父から位を継ぎ、第13代リンドブルム大公エーコ・キャルオル・ファブールとして即位した。救国の英雄アリシア・ファブールの血を引き継いできたファブール大公家はその血筋を断つ代わりに、救世の英雄エーコ・キャルオルとビビ・オルニティアの血を新たに受け継ぐことになったのである。
エーコとラルスの夫婦は常に手を取り合いながら国を治め、リンドブルムにさらなる繁栄をもたらした。
目次
編集後記
ファブール大公家が、実は海賊の末裔だった。この突飛なアイデアがどのようにして生まれたのか、まず、そこからお話しすることにしましょう。
周知のとおり、リンドブルム大公の家名である「ファブール」は、FF4に登場する王国の名称に由来しています。
このファブール王国は、モンク僧と呼ばれる武装僧侶によって守られた、宗教色の強い国家です。モンクは普通の戦士と異なり、剣や鎧を用いず、素手による戦闘を得意とする存在です。一部の修行僧が、精神修行の一環として肉体の鍛錬に励んだ結果、素手のままの戦闘を得意とする武道家に変貌した。僕は、FF4におけるモンクの起源をこう想定しています。
FF3におけるモンクの起源は、攻略本で暗示されています。
海を荒らし回っていたバイキングが、あるとき水のクリスタルの啓示を受け、クリスタルを祀る神殿を建設しました。そしてバイキングたちは、その神殿を守るため海岸に街を築き、そこに定住することを決めます。海上での戦闘を得意とするバイキングでも、陸上では勝手が違います。バイキングは新たな戦法を模索する過程で、素早さを高めたシーフと、体力・筋力を高めた空手家へと分化していくことになったのです。
空手家は、モンクを強化した上位ジョブです。おそらくモンクは、この空手家からさらに分化した存在なのでしょう。ちなみにバイキングも空手家もFF3で(のみ!)登場するジョブです。
さて、以上の情報を総合すると、僕の中である図式が形作られていきました。
・リンドブルム大公家→ファブール(FF9)
・ファブール→モンク(FF4)
・モンク→バイキング(FF3)
つまり
・リンドブルム大公家→バイキング
いやあ、かなりアクロバティックな論法ですねえ(笑)。でもこれで、大公の祖先がバイキング、すなわち海賊だった、という設定が思いついたのでした。そしてバイキングの専用武器がハンマーであることも、なぜ全てのリンドブルム兵士が剣などではなくハンマーを装備しているのか?という疑問への解答になると思ったのです。
リンドブルム王家ホブスの断絶とそれに伴うファブール家の勢力拡大は、アルティマニアの年表にある記述の著しいタイムラグを補正するために考え出したエピソードでした。
・統一王国が滅び、アレクサンドリアを始めとする新国家が生まれたのが、800年代初頭。
・シド1世が誕生したのが、1300年前後。
・アレクサンダーが暴走し、これを封印した宝珠のかけらが諸国に分配されたのが、やはり1300年代前半。
・リンドブルムの君主が大公に交代したのが、1389年以降。
これがアルティマニアの記述から読み取れる史実です。しかしこのままでは、統一王国が滅んでからリンドブルムに大公が現れるまでの、じつに600年近くに及ぶ空白が生まれてしまいます。ファブール家がリンドブルム公国を建設する前段階としてリンドブルム王国とそれを統治するホブス家を設定したのは、この600年間の空白を埋めるための作業でした。
最後にエーコのことにも触れてありますけど、どこまで書こうかずいぶん悩みました。下手をしなくても(笑)小説のネタバレになりますからね。ですが、『暗黒騎士スタイナー』でも同じようなことを書きましたし、「いいや、べつに」と軽く考えることにしました。