蒼雲草/研究室/神代三剣について: 理論上の組み合わせは35通り


神代三剣について: 理論上の組み合わせは35通り



序章 はじめに
第1章 十握剣について考察する
第2章 辞典類における神代三剣
第3章 中近世における神代三剣
第4章 近現代における神代三剣
第5章 神代三剣の組み合わせ
第6章 十握剣について再考する
終章 あいまいな表現は避けたい

【序】はじめに

 日本には、神話の時代から現代につたわる、伝説の3つの刀剣があるという。∗1∗2
 Wikipediaの「神代三剣」のページには、この3つの剣とは、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ布都御魂ふつのみたまであると記載されている。∗3

 天叢雲剣は、素戔嗚尊が八岐大蛇の尾から取り出した剣である。草薙剣くさなぎのつるぎとも呼ばれ、愛知県名古屋市の熱田神宮に祀られている。∗1∗4
 天羽々斬剣は、日本書紀では「天蠅斫之剣」と表記される。素戔嗚尊が八岐大蛇を斬るときに用いた十握剣であり、布都斯魂とも呼ばれる。天蠅斫之剣は、崇神天皇のときに、奈良県天理市の石上神宮に移されたとされる。∗1∗5
 布都御魂は、日本書紀では「韴霊」と表記される。武甕雷神が地上を平定するときに用いた剣であり、窮地に陥った神武天皇を救うために、熊野の高倉下たかくらじに与えた霊剣である。韴霊は、崇神天皇ときに宮中から移され、天蠅斫之剣と同じく石上神宮の神体とされている。∗1∗6
 なお、Wikiの当該ページで参考文献として示されている『日本刀 妖しい魅力にハマる本』(博学こだわり倶楽部, 2014)は、三剣のひとつは十束剣(十握剣)であると説明している。『妖しい魅力にハマる本』は、十握剣について、伊弉諾尊が火神を殺害するときに用いたとも、素戔嗚尊が八岐大蛇を討伐するときに用いたとも述べている∗7。伊弉諾尊が用いた十握剣は天之尾羽張あめのおはばり、素戔嗚尊が用いた十握剣は天蠅斫之剣とも呼ばれる。

 阿部(1993)が「神代より伝わる三劔・三鏡という認識の形は、中世の神代のことを記した諸文献とりわけ神道書のなかに、しばしば見えるところであった」∗8と指摘しているとおり、神代から伝わる刀剣のうち3つを選び出して、とくに重要なものとして取り上げるという考え方は、古くからあった∗9
 黄(1880)もまた、『日本雑事詩』で「日本の上古の劔には天羽斬・大葉刈・韴霊の名がある。いはゆる天叢雲の劔とは、三種の神器の一つである」∗10と述べている。
 天羽斬は、天蠅斫之剣のことである。『古語拾遺』では、素戔嗚尊が八岐大蛇を斬るときに用いた天十握剣について「其名ハ天ノ羽斬。今在石上ノ神ノ宮ニ。古語大蛇謂之ヲ羽ト、言は斬蛇也」∗11と注釈されている。
 大葉刈おおはがりは、味耜高彦根神が用いた剣である。天稚彦の葬儀のとき、天稚彦と味耜高彦根神の顔がそっくりだったので、高彦根神を見た遺族は「死んだ天稚彦が生きていた」と勘違いした。高彦根神は、死者と見間違われたことに怒り、大葉刈を抜いて、天稚彦の喪屋を破壊してしまった。大葉刈は、神戸剣とも呼ばれる。古事記では大量とも、神度とも表記される。

 『妖しい魅力にハマる本』と『日本雑事詩』の記述を踏まえただけでも、神代から伝わる著名な刀剣として、草薙剣・天之尾羽張・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈の5つが挙げられる。当該ページは、それら5つのうち、草薙剣・天蠅斫之剣・韴霊を神代三剣として取りあげているが、明確な根拠があるのだろうか。
 神代三剣について言及している文献を読み比べたところ、三剣の顔ぶれは文献ごとに異同があり、いくつかのパターンがあると分かったので、まとめて論述する。なお引用文は、適宜、旧字体を新字体や異体字に置き換え、記号を補足するなどした。

1. 田村, 小林, 2015, p.32
2. 博学こだわり倶楽部, 2014, p.46
3. 天羽々斬剣の、Wikipediaの当該ページでの表記は「天羽々斬」である。当該ページでは、「天羽々斬剣」は天羽々斬の別称として付記されている。(Wikipedia>神代三剣, https://ja.wikipedia.org/wiki/神代三剣)(2026.5.12)
4. 熱田神宮>熱田神宮について, https://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/(2026.5.18)
5. 石上神宮>神話に見る石上神宮の神様>布都斯魂大神, https://www.isonokami.jp/shinwa/shinwa3.html(2026.5.12)
6. 石上神宮>神話に見る石上神宮の神様>布都御魂大神, https://www.isonokami.jp/shinwa/shinwa1.html(2026.5.12)
7. 博学こだわり倶楽部, 2014, pp.47-49
8. 阿部, 1993
9. たとえば『神道集』(14c)では「此尊〔天孫・瓊瓊杵尊のこと: 筆者註〕御代自天鏡三面、劔三腰雨下、(中略)次三腰劔内一腰在大和國布流社、一腰在尾張國熱田社、一腰内裏留、今代寶劔申是也」と記述されている。(近藤, 1959, p.16)
10. 黄(1880), 実藤, 豊田, 1943, p.320
11. 塙, 1894, p.4

【1】十握剣について考察する

 本論に入る前に、十握剣について考察しておきたい。

 十握剣の「つか(握・束)」とは、拳ひとつ分の長さを意味する。1握は、およそ10cm程度である。「十握剣」とは10握、すなわち長さ1mに及ぶ長大な刀剣を意味する。刀剣の固有名というよりも、その刀剣の大きさを言い表した、一般的な呼称といえる。
 日本書紀神代紀で十握剣が登場するのは、以下の5つの場面である。

(1) 第5段第6の一書の、伊弉諾尊が十握剣を用いて、火神を殺害する場面。伊弉諾尊の十握剣の固有名について、古事記は、天之尾羽張または伊都之尾羽張としている。この剣を神格化したものが、天尾羽張神または伊都之尾羽張神であり、紀第9段本文に登場する稜威雄走神と同一視される。

(2) 第6段の、誓約の場面。本文では、素戔嗚尊が帯びていた十握剣を天照大神が噛みくだいて三女神を生む。同段第4の一書では、天照大神がみずから帯びていた十握剣・九握剣・八握剣を噛みくだいて三女神を生む。なお第6段に登場する十握剣(以下、天照大神剣)は、他の十握剣と異なり、固有名が無い。同じ場面に登場する九握剣・八握剣のように、刀剣の長さを言い表した呼称がされているに過ぎない。

(3) 第8段本文の、素戔嗚尊が十握剣を用いて、八岐大蛇を討伐する場面。素尊が大蛇の尾を斬ろうとすると十握剣の刃が欠けたので、尾を裂いてみると、中から草薙剣が見つかった。素戔嗚尊の十握剣の固有名について、同段第2の一書は蛇之麁正、第3の一書は蛇韓鋤之剣、第4の一書は天蠅斫之剣としている。

(4) 第9段本文の、地上平定のために天降ってきた経津主神と武甕槌神が、さかさまに立てた十握剣の切っ先にあぐらをかいて座る場面。この十握剣が、武甕槌神(武甕雷神)の用いていた「韴霊」と同一であるかは、書紀は明言していない。しかし、たとえば「石上振神宮二座」では「韴霊横刀者、武甕槌神平国之十握劔也」∗1と記述されており、韴霊は、武甕槌神が用いた十握剣と同一視されている。

(5) 第9段第1の一書の、味耜高彦根神が十握剣を用いて、喪屋を破壊する場面。高彦根神の十握剣の名称について、同段本文は、大葉刈または神戸剣としている。∗2

 以上のとおり、記紀が伝える「十握剣」は、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈の5つを意味している。
 ただし先述したとおり、天照大神剣は、固有名を持たない。

 また『太平記』巻二十五で「(前略)之に依て草薙の劔とは申すなり。此劔未だ大蛇の尾の中にありし程、簸の河上に雲かかりて、天更に晴れざりしかば、天叢雲劔とも名づく。その尺僅かに十束なれば、又十束劔とも名づけたり。天武天皇の御宇、朱鳥元年に亦召されて、内裏に収められしより以來、代々の天子の御寶なればとて、又寳劔とは申すなり」∗3と記述されるように、十握剣を草薙剣と同一視し、さらに「宝剣」と別称する文献もある。

 こうしたことも踏まえて、中近世や近現代の文献において、神代三剣の顔ぶれがどのようなものだったのか検証していく。

1. 神道大系編纂会, 1989, 石上, p.45
2. 今泉(1904)は、素戔嗚尊の天蠅斫之剣を大己貴神が受け継ぎ、さらに味耜高彦根神が受け継いだのが大葉刈である、という推測を述べており、天蠅斫之剣と大葉刈を同一視している。(今泉(1904), 1930, p.243)
3. 池辺, 本居, 井上, 萩野, 関根, 1913, p.863

【2】辞典類における神代三剣

 まず、現代の辞書・事典・解説本が、神代三剣をどのように説明しているかを確認する。

(1) 「インターネット百科事典 Wikipedia」(Wikipedia)(2026.5.12)
 序章で言及したとおり、神代かみよ三剣は、天叢雲剣(草薙剣)・天羽々斬(天蠅斫之剣)・布都御魂(韴霊)であると説明している。∗1
 ただしwikiの編修履歴をさかのぼると、過去には、三剣として草薙剣・韴霊・十握剣を記載していたことが分かる。過去の記載内容については、第6章で詳述する。

(2) 『日本刀 妖しい魅力にハマる本』(博学こだわり倶楽部, 2014)
 Wikipediaの当該ページで、参考文献として示されている文庫本である。
 序章で言及したとおり、神代かみよ三剣は、天叢雲剣(草薙剣)・布都御魂(韴霊)・十束剣であると説明している。
 十束剣(十握剣)については、伊弉諾尊が火神を殺害するときに用いたとも、素戔嗚尊が八岐大蛇を討伐するときに用いたとも述べている∗2。伊弉諾尊が用いた十握剣は天之尾羽張、素戔嗚尊が用いた十握剣は天蠅斫之剣と呼ばれる。『妖しい魅力にハマる本』の説明では、十握剣が、天之尾羽張と天蠅斫之剣のどちらか判然としない。両者を同一視しているようにも読める。

(3) 『日本刀図鑑: 世界に誇る日本の名刀270振り』(宝島社, 2015)
 神代三剣かみよさんけんは、天叢雲剣(草薙剣)・天羽々斬(天蠅斫之剣)・布都御魂(韴霊)であると説明している。
 あわせて、十拳剣(十握剣)については、天之尾羽張と天蠅斫之剣の別名であるとしている。『日本刀図鑑』は、天之尾羽張と天蠅斫之剣が同一物かは不明であると、慎重な説明の仕方をしている。∗3

(4) 『日本刀大百科事典 (3)』(雄山閣出版, 1993)
 神代三剣じんだいさんけんは、草薙剣(天叢雲剣)・天蠅斫之剣(蛇韓鋤・蛇之麁正)・大量剣(大葉刈・神戸)などであると説明している。∗4
 注意しなければならないのは、『日本刀大百科』が、説明の最後に「など」と付していることである。三剣の組み合わせが、草薙剣・天蠅斫之剣・大葉刈に限らず、その他の剣に入れ替わる可能性があると示唆しているのである。

(5) 『日本刀全集 (1)』(徳間書店, 1966)
 小泉(1966)は「神代の三剣として著名」∗5として、十拳ノ剣・天叢雲剣(草薙剣)・韴の霊剣を挙げている。
 十拳ノ剣(十握剣)については、伊弉諾尊が用いた十握剣(天之尾羽張)と、天照大神が身につけていた十握剣と、素戔嗚尊が用いた蛇韓鋤の剣のみっつに言及している。このため、神代三剣にふくまれる十握剣が、天之尾羽張と天照大神剣と蛇韓鋤之剣のいずれなのか判然としない。蛇韓鋤之剣は、天蠅斫之剣と同一視される。
 また、草薙剣は熱田神宮に∗6、韴霊は石上神宮に祀られているとしている∗5

 以上のとおり、神代三剣の顔ぶれは様々である。とくに『日本刀大百科』は三剣の組み合わせについて「草薙剣・天蠅斫之剣・大量剣"など"」と表現しており、みずからとりあげた剣以外にも、三剣として考えられる刀剣が存在することを示唆している。
 また「神代三剣」の読み方は、文献によって「かみよさんけん」だったり「じんだいさんけん」だったりと、こちらも定まっていない。

1. Wikipedia>神代三剣, https://ja.wikipedia.org/wiki/神代三剣(2026.5.12)
2. 博学こだわり倶楽部, 2014, pp.47-49
3. 田村, 小林, 2015, p.32
4. 福永, 1993, p.87
5. 小泉, 1966, p.22
6. 前掲書, p.195

【3】中近世における神代三剣

 次に、中世および近世の文献における、神代三剣の組み合わせを確認していく。

(1) 『長寛勘文』(1163-1164)

或記曰。神代所傳神劔三柄。一者在大和國石上社。羽斬劔是也。一者在内裡。熊野劔是也。一者在尾張國熱田宮。草薙劔是也。〔塙, 1952, p.242〕

 神剣三柄は、石上社にある羽斬剣、内裏にある熊野剣、熱田社にある草薙剣とされている。
 「石上社」とは石上神宮、「羽斬剣」とは天蠅斫之剣のことである。
 「内裡」とは内裏のことであり、天皇が住む宮殿をいう。内裏にある「熊野剣」が何を意味しているのかは、よく分からない。ただし、引用文の直前では「彼処有人。號曰熊野高倉下。忽依夢中之教。果有庫底之劔。然即熊野神劔謂之歟」∗1と、高倉下にくだされた韴霊について言及しており、韴霊と熊野神剣が関連づけられている。∗2
 草薙剣がある「熱田社」とは、熱田神宮のことである。
 『長寛勘文』に限らず、神代以来の三霊剣が石上・内裏・熱田の3か所にあるという説話は、数多くある。∗3

(2) 『水鏡』(12c)
 神武天皇条に、神代三剣についての記述がある。『水鏡』には様々な諸本があり、内容が少しずつ異なる。本稿では、専修寺本と、前田侯爵家本をとりあげる。∗4

2-1) 「専修寺本 水鏡」

神世よりつたはりて劔三あり。一はいそのかみふるのやしろにます。一はあつたのやしろにます。一は内裏にます。〔黒板, 1939, 流布本水鏡, p.8〕∗5

 神世三剣は、いずれの名称も不明である。所在地は、それぞれ石上布留の社・熱田の社・内裏とされる。
 江見(1903)と物集(1918)は、「石上布留社」は、大和国山辺郡布留村にあると註釈している。石上布留社とは石上神宮のことであり、天羽々斬剣が祀られているとも、韴霊が祀られているとも述べている。∗6∗7
 熱田神宮に祀られているのは、草薙剣である。
 江見は、「内裏」にあるのは草薙剣の模造品(写し)であるとする。∗6
 他方、内柴(1906)は、草薙剣・天蠅斫之剣・大葉刈を取り上げて「此の三つを神代三劔と稱する由水鏡にいへり」∗8と述べている。内柴説については、次章で詳述する。

2-2) 「前田家本 水鏡」

神世ヨリ傳リテ劔三アリ。一ハ熱田ノ社ニ座。是アマノムラクモ、又ハクサナギト申ス。此ノ劔寫ノ劔内裏ニ居座事。(中略)サテ二ハ出雲國キヅキノ大社に座。其劔ノ名字ハアマノハエキリノ劔ト號ス。三ハ磯上布留ノ社ニ座。(中略)大和國ノ布留神躰。是第三ノ御劔ナリケリ。〔黒板, 1939, 水鏡, pp.9-10〕

 神世三剣は、熱田の社にある天叢雲剣(草薙剣)、杵築大社にある天蠅斫之剣、石上布留社の神体とされている。
 草薙剣は、熱田神宮にある本体とは別に、写しが内裏にあるとされている。江見は「草薙剣の写し」が三剣のひとつであると註釈していたが、前田家本では、写しは三剣に含まれていない。
 天蠅斫之剣がある「杵築大社」とは、出雲大社のことである。天蠅斫之剣が出雲にあるとする説話は、珍しい。
 布留神体は剣であり、この剣とは韴霊であろう。∗9
 なお前田家本では、神世三剣の由来について独特な説話が展開されている。
 第六天魔王が火神カグツチとして生まれ変わったとき、カグツチは、母神である伊弉冉尊を焼き殺し、国土全体を焼き払って、大海に帰してしまった。怒った伊弉諾尊は十握剣を抜いてカグツチを斬り殺したが、このとき剣がみっつに砕け散り、同時にさまざまな神が生まれた。みっつに分かれた剣が、神世から伝わる三剣となった。∗10
 これが、前田家本が伝える説話の概要である。
 前田家本説話は、かなり突飛な内容に感じられる。喜田(1903)は、一連の記述について「普通の史籍にもなく、略記にもなく、水鏡に於て、始めて何かの出所を求めて記したる事は、妄誕最も甚し」∗11と批判している。

(3) 『和歌色葉』(12c)

大和國に石上といふ所に、布留明神といふ、おはするなり。その布留の社の正體は劔なり。神代に神劔三柄ありき。第一柄は内裏にあり、今の寳劔これ也。一柄は尾張国熱田社、草薙の劔これ也。一柄は大和國添上郡布留社云々」〔佐佐木, 1941, p.180〕

 神剣三柄は、内裏にある宝剣、熱田社にある草薙剣、布留社にある布留明神とされている。
 内裏にある「宝剣」の固有名は、明らかにされていない。
 布留明神の正体は剣であり、この剣とは韴霊であろう。

(4) 『類聚既験抄』(12-13c頃)
 『皇典翼』は「類聚既験抄曰」として、神代三剣について記述している。

 自神代傳、有三劔三鏡、其三劔者、一在大和國布留社、一在尾張國熱田社、一在内裏、號此寳劔國家御重寳也。〔矢野, 矢野, 木野戸, 1942, p.390〕

 神代三剣は、いずれの名称も不明である。所在地は、布留社・熱田社・内裏とされる。
 内裏にある「宝剣」は国家の重宝であるが、固有名は明らかにされていない。

(5) 『平家物語』(13c)
 『平家物語』には様々な諸本があり、内容が少しずつ異なる。本稿では、語り本系の高野本と、読み本系の延慶本∗12、さらに異本である『源平盛衰記』をとりあげる。

5-1) 「高野本 平家物語」巻第十一 剣

吾朝には神代より傳はれる霊劔三あり。十握劔、天の早切劔、草薙劔是也。十握劔は大和國磯上布留社に納めらる。天早切の劔は尾張國熱田宮にありとかや。草薙劔は内裏にあり。今の寳劔是也。〔山田, 1929, p.312〕

 三霊剣は、石上布留社にある十握剣、熱田宮にある天早切劔、内裏にある草薙剣とされている。
 十握剣について、富倉(1949)は、石上神宮にある天蠅斫之剣または韴霊∗13、佐々木(1963)は、天之尾羽張または天蠅斫之剣または大葉刈∗14であると註釈している。十握剣が、天之尾羽張・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれを意味しているかは、判然としない。
 天早切剣は、天蠅斫之剣の転訛と考えられる。天蠅斫之剣が石上神宮ではなく熱田神宮にあるとされる根拠は、不明である。∗13∗15
 内裏にある草薙剣は、「宝剣」とも呼ばれている。
 高野本が述べる三剣の所在は、通説とは異なる∗16

5-2) 「延慶本 平家物語」第六本 十九 霊剣等事

 神代より傳たりける霊劔三あり。所謂草薙天蠅斫劔取柄劔是也、取柄劔は大和國磯上布留社に被奉籠、天蠅斫劔と申は本名は天羽々斬劔と申けるとかや、(中略)此劔は尾張國熱田社に有り、草薙劔は大内に安せらるる。〔吉沢, 1935, p.889〕

 神代三剣は、石上布留社にある取柄剣、熱田社にある天蠅斫剣、内裏にある草薙剣とされている。
 天蠅斫剣は、天蠅斫之剣のことである。天蠅斫之剣が熱田神宮にあるとされているのは高野本と同じだが、やはり根拠不明である。
 石上布留社にある取柄剣とは十握剣であり、この十握剣とは韴霊であろう。

(5-3) 『源平盛衰記』巻第四十四(14c)

 抑神代より三柄の霊劔あり。天十握劔、天叢雲劔、布流劔これなり。十握劔をば羽々斬劔と名づく、羽々とは大蛇の名なり。此の劔大蛇を斬ればなり。(中略)素戔嗚尊の、天より降り給ひけるに帯き給ひたる劔なり。今石上宮に籠められたり。天叢雲劔をば草薙劔と云ふ。(中略)内裏に留めて、代々帝の御寶なればなり。布留劔は即ち大和国添上郡磯上布留明神これなり。この劔を布留と云ふ事は、布留河の水上より一の劔流れ下る。この劔に触るる者は、石木共に伐り碎き流れり。下女布を洗ひて此の河にあり。劔下女が布に留まりて流れ遣らず。即ち神と祝ひ奉る。故に布流大明神と云ふ。〔中山, 1935, pp.702-703〕

 霊剣三柄は、石上宮にある天十握剣(天蠅斫之剣)、内裏にある天叢雲剣(草薙剣)、石上布留にある布留剣とされている。
 天蠅斫之剣がある「石上宮」とは、石上神宮ではなく、岡山県赤磐市の石上布都魂神社のことである。崇神天皇のときに、神体である天蠅斫之剣(韓鋤之剣)が、石上布都魂神社から石上神宮へ遷されたという。∗17
 布留剣とは、韴霊である。

(6) 『神道雑々集 下』卅八 慈恵大師物忌ノ事(14c)

 我朝ニハ神代ヨリツタワレル霊劔三ツ有リ。一アマノハヱキリ劔。是尾張ノ国熱田ノ宮ニ有。一トツカノ劔。是ハ大和国イソノカミ、フルノ社ニ有。一アマノムラ雲ノ劔。是ハ内裏ニアリ。代々ノ御門ノ御マホリ也。〔西脇, 1984〕

 三霊剣は、熱田宮にある天蠅斫之剣、石上布留社にあるトツカノ剣、内裏にある天叢雲剣(草薙剣)とされている。
 天蠅斫之剣が熱田宮にあるとされるのは、『平家物語』の諸本と同じである。
 石上布留社にあるトツカノ剣とは十握剣であり、この十握剣とは韴霊であろう。

(7) 『いろは字類抄』(12-16c)
 『皇典翼』は「色葉字類抄曰」として、三神剣について記述している。

 凡此朝、有三神劔、從神世所持傳之劔二柄、又熊野神劔、相具三柄也、一在大和國礒上布瑠大神之社、(或記曰、有從神世所傳劔三、一在大和國石上在布留大神、一在内裏、一在尾張國熱田大神云、)一在尾張國、熱田大神之社、一在内裏。〔矢野ら, 1942, p.390〕∗18

 『色葉字類抄』は、12世紀にまず二巻本が成立し、増補をくりかえして、16世紀までに十巻本『伊呂波字類抄』が成立したと考えられている。∗19
 三神剣のうち、名称が明らかなのは熊野神剣のみである。三神剣の所在地は石上布留社・熱田社・内裏とされるが、熊野剣と他二剣の、それぞれの所在地は分からない。
 いろは字類抄が伝える説話は、まず神世から伝わる剣が2つあって、熊野剣とあわせて3つになるという、やや特殊なものである。
 『長寛勘文』を踏まえれば、熊野剣とは韴霊であり、内裏に所在すると考えられる。他二剣の名称と所在地はあいまいなままだが、それぞれ石上神宮にある天蠅斫之剣、熱田神宮にある草薙剣と推測できる。

(8) 『帝王編年記』(14c)
 巻九と巻廿三に、神代三剣について言及がある。

8-1) 「帝王編年記 巻九」(14c)

自神代傳三劔。
一 草薙劔。本名・天叢雲。在熱田社。
一 羽羽斬劔。本名・天十握。在石上社。
一 熊野高倉下劔。〔黒板, 1932, 帝王編年記, pp.133-134〕

 神代三剣は、熱田社にある草薙剣、石上社にある羽羽斬剣(天蠅斫之剣)、熊野高倉下剣とされている。
 天蠅斫之剣があるとされる「石上社」は、この記述だけでは、奈良県の石上神宮を意味しているのか、岡山県の石上布都魂神社を意味しているのか判然としない。
 熊野高倉下剣とは、武甕雷神が熊野の高倉下に与えた剣、すなわち韴霊である。∗20

8-2) 「帝王編年記 巻廿三」

自神代傳劔三柄
一在熱田社草薙劔。本号天藂雲。
一在布留社羽羽斬劔。本号天十握。
一在内裏。〔前掲書, p.357〕

 神代三剣は、熱田社にある草薙剣、布留社にある天蠅斫之剣、そして内裏にある剣とされている。
 内裏にある剣の固有名は、明らかにされていない。

 『帝王編年記』の記述は、所々で情報が抜け落ちており、虫食い状態である。しかし「巻九」と「巻廿三」をあわせて読めば、三剣は、熱田社にある草薙剣、石上布留社にある天蠅斫之剣、内裏にある熊野高倉下剣であると考えられる。

(9) 「宝剣御事」(1397写)

 吾朝自神代傳給霊劔三有、一草薙劔、一天蠅斫劔、十束劔是也、十束劔、大和國當初布留社納、天蠅斫劔、尾張國熱田宮納、草薙劔内裏留、代々御門守也、十束劔、国降伏為素戔嗚尊預之、(中略)尊佩給十束劔抜、大虵寸々切給、一尾至不切、立様破御覧スレハ、一劔有、(中略)後此劔天照太神奉給、然者是高天原我落タリシ天蠅斫劔是也トソ有仰ケル、自其古古曾天蠅切云名顕、又雲立覆ケレハ、天村雲劔申ケリ、(中略)其後狩庭焼野申ケリ、自其村雲劔草薙劔申ケル、〔神道大系編纂会, 1990, pp.104-105〕

 「宝剣御事」は、熱田神宮の縁起のひとつである。
 三霊剣は、布留社にある十握剣、熱田宮にある天蠅斫之剣、内裏にある草薙剣とされている。
 「宝剣御事」が伝える説話は、前半部は『平家物語』(「高野本」巻十一 剣)とほぼ同じ内容であるが∗21、後半部分は非常に独特である∗22
 素戔嗚尊が、十握剣を用いて八岐大蛇を討伐した。素尊が大蛇の尾から取り出した剣を天照大神に献上したところ、大神が「これは、高天原でわたしが落とした天蠅斫之剣である」と言った。天蠅斫之剣は、のちに大和国笠縫村志記邑で祀られるようになり、このとき天蠅斫之剣の写しが作られた。剣の写しは内裏に祀られ、日本武尊が用いたあと、熱田神宮に祀られた。∗23
 これが、「宝剣御事」が伝える説話の概要である。
 大蛇討伐に用いられた十握剣は、他の文献では「天蠅斫之剣」等と呼ばれているが、「宝剣御事」では、十握剣と天蠅斫之剣は、別々の剣とされている。大蛇の尾から取り出された天叢雲剣は、本来は天照大神の持ち物であり、もともと「天蠅斫之剣」と呼ばれていたとされている。草薙剣は、天蠅斫之剣の写しとされている。

 「宝剣御事」における十握剣が何を意味するかは、判然としない。しかし、「宝剣御事」の前半部分が「高野本 平家物語」とほぼ同じであることを踏まえれば、富倉と佐々木による註釈にもとづいて、十握剣は、天蠅斫之剣以外の、天之尾羽張・韴霊・大葉刈のいずれかを意味していると推測できる。∗13∗14

(10) 『榻鴫暁筆』(15-16c頃)
 『武家名目抄』では「榻鴫暁筆云」として、神代より伝わる霊剣について記述されている。

吾朝に神代より傳はれる霊劔三あり天羽々斬の劔村雲の劔十握の劔是也〔今泉(1904), 1930, p.229〕

 『榻鴫暁筆』は15世紀から16世紀にかけて成立した雑録または説話集とされる。∗24
 三霊剣は、天羽々斬・村雲の剣・十握の剣とされている。
 天羽々斬剣とは、天蠅斫之剣のことである。∗25
 村雲剣は「又云草薙」∗26ともされている。天叢雲剣とは、草薙剣のことである。
 十握剣については「素戔嗚尊簸川にて大蛇を切給ひし劔是也又天稚彦命かくれし時其妻子あまくたり喪屋を作て泣悲みし彼喪屋を高彦神切倒し給ふ其劔も十握といへり大和國布留の社神体此劔也」∗27∗28とも説明されており、十握剣は、天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈を意味するとされる。

(11) 『興福寺略年代記』(16c-)

 自神代傳三劔三鏡。劔一在布留社。一在熱田社。一在内裏。〔塙, 1940, p.109〕

 神代三剣は、いずれの名称も不明である。所在地は、布留社・熱田社・内裏とされる。

(12) 『武家事紀』巻第五十七 別集(17c)

上古以来、世ニ名劔多シ、或天作アリ、或人作アリ、神代ニ及テ十握劔(又名天羽斬、又名天蠅斫、又名蛇麁正、在石上神宮、)ト云ハ、素戔嗚命ノ帯玉フ劔也、是乃八岐ノ大虵ヲ斬玉フ也、天叢雲劔(後號草薙劔、)ト云フハ、大虵ノ尾ニアリシ劔也、(中略)無雙ノ霊劔、乃尾州熱田社ニ崇メ奉ル霊神也、次ニ神武帝天下草業ノ御時、(中略)武甕槌神ソノカミ國ヲ平シトキノ劔ヲ奉ルヘシトテ、紀伊國ノ高倉下命ニ夢中ニ示シ、汝カ庫の内に可在ト云ヘリ、サメテミレハ其劔、クラノ板シキニ立テアリヌ、是ヲ取テ帝ニ授奉ル、(中略)此劔ヲ韴霊命ト云、(旧事本紀云、建甕槌之男神、又曰建布都神、亦名豊布都神、今坐常陸國鹿島大明神、古石上布都大神是也、)又名布都主命魂刀、亦云佐士布都、亦云建布都、亦云豊布都神、是為武甕槌神御霊、仍奉稱布津主劔大神也、以上コレヲ神代ノ三霊劔ト云〔山鹿, 1983, pp.706-707〕

 三霊剣は、石上神宮にある天蠅斫之剣、熱田神宮にある草薙剣、そして韴霊とされている。
 韴霊については「いま常陸国鹿島大明神に坐す、いにしえの石上布都大神は是なり」と注釈されている。常陸国鹿島大明神とは、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮のことである。『武家事紀』は、韴霊はかつて石上にあったが、現在は鹿島に所在するとしているのである。実際、鹿島神宮は国宝・韴霊剣を所蔵しており、この鹿島神宮の韴霊剣は、石上神宮の韴霊に対して「二代目の韴霊剣」と位置づけられている∗29

(13) 「石上振神宮二座」(17c-)

 天村雲劔・韴霊横刀・天羽羽斬、謂之於神代三劔也、韴霊横刀・天羽羽斬両劔已鎮座于當宮、〔神道大系編纂会, 1989, 石上, p.50〕

 「石上振神宮二座」は、石上神宮の縁起のひとつである。
 神代三剣は、天村雲剣・韴霊横刀・天羽羽斬とされている。
 天村雲剣とは天叢雲剣すなわち草薙剣、韴霊横刀とは韴霊、天羽羽斬とは天蠅斫之剣のことである。韴霊と天蠅斫之剣は、ともに石上神宮に祀られているとされる。

(14) 『本朝刀剣略記』(1719)

 神代三劔(中略)
日本紀(神代巻、)一書曰、素戔嗚尊到出雲國簸川上所在鳥上之峯時、彼處有呑人大蛇、素戔嗚尊乃以天蠅斫之劔(更名韓鋤、又名麁正、)斬彼大蛇時、斬蛇尾而刃缺、即擘而視之、尾中有一神劔、今所謂草薙劔(本名天叢雲劔、)矣、一書曰、味耜高彦根神抜其帯劔大葉刈、(亦名神戸劔、云々、)〔早川, 1917, p.12〕

 神代三剣は、天蠅斫之剣・草薙剣・大葉刈とされている。天蠅斫之劔の別名として示されている韓鋤とは蛇韓鋤之剣、麁正とは蛇之麁正のことである。
 なお『刀剣略記』では、韴霊剣が、神代三剣とはべつに単独で取り上げられている。韴霊については「又名高庫劔」∗30と注釈されている。

(15) 『禁秘御鈔階梯』(1776跋)

御劔者神代有三劔其一也。(中略) 按。一劔天叢雲劔(後號草薙劔出自大蛇尾)是寳劔也。(今在熱田日本紀上)崇神天皇六年令新造之爲護身御劔。(文治元入海了)一劔羽斬劔(本名十握劔。素戔嗚尊所帯)在石上。(日本紀上)一劔高庫劔(一名大刀苅。又神戸劔。味耜高彦根神所帯。)在熊野。(日本紀下。)〔物集, 1927, 禁秘御鈔階梯, p.15〕

 『禁秘御鈔階梯』は、『禁秘抄』(1221)の註釈本。引用部分は、草薙剣に関する「御劔者神代有三劔其一也」∗31という記述への註釈である。
 神代三剣は、熱田にある草薙剣、石上にある羽斬剣、熊野にある高庫剣とされている。
 草薙剣は「宝剣」とも呼ばれている。
 羽斬剣とは天蠅斫之剣のことであり、本名は十握剣とされている。
 高庫剣(高倉剣)は、『刀剣略記』では韴霊の別名とされていたが、ここでは、味耜高彦根神が帯びていた大刀苅(大葉刈)の別名とされている。∗32

(16) 「布留明神」(近世中期)

サシ「昔神代に神劔三柄有。
下同「第一は 宝劔とて。仁王代々御守りとして。三種の神祇の一つとかや
シテ下「第二には尾張の熱田明神。
同「八劔の神共草薙の劔共名付て。国土を守る。名劔たり
クセ下「三つは大和の磯の上 布留の明神と名付 奉る。されば千早振。御劔の名にもよる。暫く 一義による時は。古 河の辺の流れに 女の布を洗ふなる。折節常よりも。水の緑りも色まし。金色の光りたち。盤石をつんざき。不浄を払ひうろくづも。ひれふりて飛去 水は水晶の如くにて。一つの劔流れて 洗ふ布にぞ留りける。〔田中, 1964, p.208〕

 「布留明神」は、能の演目のひとつ。世阿弥(14-15c)作の「布留」より後作と考えられ、近世中期に成立したものと推測される。∗33
 神剣三柄は、宝剣、熱田にある草薙剣、石上にある布留明神とされている。
 布留明神は剣であり、この剣とは韴霊であろう。

 以上のとおり、中近世の文献における神代三剣の顔ぶれは、文献によって異なる。

1. 塙, 1952, p.242
2. 韴霊(熊野剣)が内裏にあるというのは、崇神天皇7年まで、韴霊が宮中にあった事実を踏まえた記述だろうか。(神道大系編纂会, 1989, 石上, p.50)
3. 内田, 1995
4. なお、『水鏡』が依拠したとされる『扶桑略記』や、その抄出本には、三剣についての記述は無い。(内田, 1999)
5. 烏丸光広卿本では、当該文章は崇神天皇条にある。(萩野, 松井, 関根, 1898, 水鏡, p.8)
6. 江見, 1903, pp.26-27
7. 物集, 1918, p.11
8. 内柴, 1906
9. 「布留剣」は、布流剣の別表記であり(中山, 1935, pp.702-703)、「布流剣」は、韴霊剣(フツノミタマ)の異名のひとつである(清水, 1936, p.418)。
10. 黒板, 1939, 水鏡, p.10
11. 喜田, 1903
12. 島田, 八木, 2020
13. 富倉, 1949, p.115
14. 佐々木, 1963, p.1425-1426
15. なお、御橋(1929)は、古語拾遺の「天十握劔、其名天羽斬、今在石上神宮」という記述を踏まえて、あくまで天蠅斫之剣は十握剣の別名であると指摘し、天蠅斫之剣と十握剣を区別することに疑問を呈している。(御橋, 1929, p.926)
16. 富倉, 1972, p.127
17. 和気郡史編纂委, 1983, pp.1192-1193
18. 十巻本の『伊呂波字類抄』では「凡此朝有三神劔從神世所持傳之劔二柄又熊野神劔相具三柄也在大和國礒上布瑠大神之社一在尾張國熱田大神之社一在内裏」と記述されている。(国書DB, 伊呂波字類抄, 467コマ)
19. 山田(1928), 1934, p.172
20. 大松(1932)は「布都御魂即ち高倉下劔」と述べている。(大松, 1932, p.52)
21. 神道大系編纂会, 1990, p.26
22. 内田, 1999
23. 神道大系編纂会, 1990, pp.105-106
24. 小椋, 2002
25. 当該文章は「第十六 霊劔 十一 天羽々斬剣」にある。(NDLデジコレ「榻鴫暁筆 (23)(4)」(写本), 55コマ)
26. 当該文章は「第十六 霊劔 十二 村雲剣」にある。(同前)
27. 今泉(1904), 1930, p.219
28. 当該文章は「第十六 霊劔 十三 十握劔」にある。(NDLデジコレ「榻鴫暁筆 (23)(4)」(写本), 60コマ)
29. 鹿島神宮> 鹿島神宮について>武甕槌大神と韴霊剣(https://kashimajingu.jp/about/武甕槌大神と韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)/)(2026.5.15)
30. 早川, 1917, p.12
31. 塙, 1952, p.369
32. 『釈日本紀』(13c)では「私記に曰く」として、大葉刈の所在について「若今在大和國高鴨社歟」と、現在の奈良県御所市の高鴨神社にあるという推測が記述されている。(黒板, 1965, p.114)
33. 田中, 1964, p.32

【4】近現代における神代三剣

 続いて、近代および現代の研究者が示している、神代三剣の組み合わせを確認していく。

(1) 関根(1898)は、草薙剣に関する、『禁秘抄』(1221)の「御劔者。神代有三劔。其一也」∗1という記述について「三劔の事は、階梯に一劔は天ノ叢雲劔、後草薙劔と號し、尾張の熱田に祀り奉るもの、今一劔は天ノ十握劔とて、素戔嗚尊の佩き給へるものといふ、石ノ上布留ノ社に齋ひ奉れり。又一劔は高庫劔とて、味耜高彦根神の帯ばしし所、熊野に在りと見えたり」∗2と注釈している。『禁秘御鈔階梯』を踏まえた内容である。
 神代三剣は、熱田にある天叢雲剣(草薙剣)、石上布留社にある天十握剣、熊野にある高庫剣としている。
 十握剣とは、素戔嗚尊が佩用した天蠅斫之剣である。
 高庫剣(高倉剣)は、『刀剣略記』では韴霊の別名とされていたが、ここでは『禁秘御鈔階梯』と同じく、味耜高彦根神が帯びていた大葉刈の別名としている。

(2) 内柴(1906)は「神代三劔といふは、一には、天蠅斬之劔、またの名、蛇韓鋤、また、蛇之麁正、二には、大量劔、(釋日本紀には大葉刈に作る)又名神戸、三には、草薙劔、本名天叢(古語拾遺)是なり。此の三つを神代三劔と稱する由水鏡にいへり」∗3と述べている。
 神代三剣は、天蠅斫之剣・大量剣(大葉刈)・草薙剣としている。
 まるで、内柴説の三剣が『水鏡』にとりあげられているような書きぶりである。しかし管見の限り、『水鏡』は大葉刈について言及しておらず、根拠不明である。

(3) 鈴木(1910)は「其神代三劔と聞ゆるは或書に神代傳三劔草薙劔(本名天叢雲)在熱田、羽斬劔(本名天十握)在石上、高倉劔(一名大羽刈)在熊野と云ふ」∗4と述べている。
 神代三剣は、熱田にある草薙剣、石上にある天蠅斫之剣、熊野にある高倉剣(大羽刈)としている。
 高倉剣の別名としている「大羽刈」は、味耜高彦根神剣の「大葉刈」と同音である。ここでの高倉剣も『禁秘御鈔階梯』や関根と同じく、韴霊ではなく、大葉刈を意味している。

(4) 堤(1903)は、神代じんだい三剣さんけんについて「天叢雲劔、羽斬の劔、高庫の劔なり、叢雲の劔は、後に草薙の劔といひ、羽斬の劔は、十束の劔ともいふ。十束の劔は大和の磯の上に祭れり。高庫の劔は紀州熊野の神倉山に祀れり。叢雲の劔は(中略)今は熱田の神宮に祀れり」∗5と述べている。
 神代三剣は、石上にある天蠅斫之剣(十握剣)、熊野神倉山にある高庫剣、熱田神宮にある天叢雲剣(草薙剣)としている。
 十握剣は、天蠅斫之剣の別名としている。
 高庫剣(高倉剣)は、『刀剣略記』では高倉下がもたらした韴霊の別名とされているが、『禁秘御鈔階梯』では味耜高彦根神神の大葉刈の別名とされる。関根と鈴木も、階梯説を採っている。一方、堤が言及している和歌山県新宮市の神倉山には、高倉下を祀る神倉神社があり∗6、高倉剣と、武甕槌神から韴霊をくだされた高倉下との関連性を、示唆している。

(5) 酒井(1995)は「十握剣・韴霊剣・草薙剣は、日本の古代神話に登場する代表的な刀剣であり神代三剣といわれる」∗7と述べている。
 神代三剣は、十握剣・韴霊・草薙剣としている。
 酒井(1989)は、十握剣について、古事記を引用して「伊邪那岐の命、御佩かせる十拳剣」とも「速須佐之男の命、その御佩かせる十拳剣」∗8とも説明している。伊弉諾尊剣は天之尾羽張、素戔嗚尊剣は天蠅斫之剣のことである。酒井が天之尾羽張と天蠅斫之剣を区別していたのか、それとも同一視していたのか、判然としない。

 以上のとおり、近現代における神代三剣の顔ぶれもまた、研究者によって異なる。

1. 塙, 1952, p.369
2. 関根, 1898
3. 内柴, 1906
4. 鈴木(1910), 樹下, 1940, p.592
5. 堤, 1903, p.149
6. 熊野三山協議会>熊野速玉大社>神倉神社, https://www.kumano-sanzan.jp/hayatama/jinja.html(2026.5.12)
7. 酒井, 1995
8. 酒井, 1989

【5】神代三剣の組み合わせ

 これまで第2章から第4章にかけて、現代の辞典類と、中近世と近現代の文献を読み比べ、神代三剣の顔ぶれを検証してきた。
 文献ごとに登場する三剣の組み合わせを、研究者による校註と、筆者による推測を踏まえつつ示したのが、下の表である。

表1 神代三剣の組み合わせ

書名・著者名
剣(1)
剣(2)
剣(3)
備考
1-1 Wikipedia 草薙剣 天蠅斫之剣 韴霊
1-2 日本刀 妖しい魅力にハマる本 草薙剣 韴霊 十握剣 十握剣は、天之尾羽張または天蠅斫之剣。
1-3 日本刀図鑑 草薙剣 天蠅斫之剣(十握剣) 韴霊 十握剣は、天之尾羽張または天蠅斫之剣。
1-4 日本刀大百科事典 草薙剣 天蠅斫之剣 大葉刈
1-5 日本刀全集 草薙剣 韴霊 十握剣 十握剣は、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣のいずれか。
2-1 長寛勘文 草薙剣 天蠅斫之剣 熊野剣(韴霊)
2-2-1 専修寺本 水鏡 名称不明(草薙剣) 名称不明(草薙剣の写し) 名称不明(天蠅斫之剣または韴霊)
2-2-2 前田家本 水鏡 草薙剣 天蠅斫之剣 布留剣(韴霊)
2-3 和歌色葉 草薙剣 名称不明(宝剣) 布留剣(韴霊)
2-4 類聚既験抄 名称不明(内裏剣・宝剣) 名称不明(熱田剣) 名称不明(布留剣)
2-5-1 高野本 平家物語 草薙剣(宝剣) 天蠅斫之剣 十握剣 十握剣は、天之尾羽張・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれか。
2-5-2 延慶本 平家物語 草薙剣 天蠅斫之剣 取柄剣(韴霊)
2-5-3 源平盛衰記 草薙剣 天十握剣(天蠅斫之剣) 布留剣(韴霊)
2-6 神道雑々集 草薙剣 天蠅斫之剣 トツカノ剣(韴霊)
2-7 いろは字類抄 熊野剣(韴霊) 名称不明(草薙剣) 名称不明(天蠅斫之剣)
2-8-1 帝王編年記 巻九 草薙剣 天蠅斫之剣(天十握剣) 熊野高倉下剣(韴霊)
2-8-2 帝王編年記 巻廿三 草薙剣 天蠅斫之剣(天十握剣) 名称不明(内裏剣)
2-9 宝剣御事 草薙剣(天蠅斫之剣の写し) 天蠅斫之剣 十握剣 十握剣は、天之尾羽張・韴霊・大葉刈のいずれか。
2-10 榻鴫暁筆 草薙剣 天蠅斫之剣 十握剣 十握剣は、天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれか。
2-11 興福寺略年代記 名称不明(内裏剣) 名称不明(熱田剣) 名称不明(布留剣)
2-12 武家事紀 草薙剣 天蠅斫之剣 韴霊
2-13 石上振神宮二座 草薙剣 天蠅斫之剣 韴霊
2-14 本朝刀剣略記 草薙剣 天蠅斫之剣 大葉刈 高倉剣は、韴霊の別名とされる。
2-15 禁秘御鈔階梯 草薙剣(宝剣) 天蠅斫之剣(十握剣) 高倉剣(大葉刈)
2-16 布留明神 草薙剣 布留剣(韴霊) 名称不明(宝剣)
3-1 関根 草薙剣 天十握剣(天蠅斫之剣) 高倉剣(大葉刈)
3-2 内柴 草薙剣 天蠅斫之剣 大葉刈
3-3 鈴木 草薙剣 天蠅斫之剣(天十握剣) 高倉剣(大葉刈)
3-4 草薙剣 天蠅斫之剣(十握剣) 高倉剣(韴霊)
3-5 酒井 草薙剣 韴霊 十握剣 十握剣は、天之尾羽張または天蠅斫之剣。

 それぞれの文献に登場する刀剣のうち、熊野剣や熊野高倉下剣は、韴霊と同一物と考えられる。高倉剣は、韴霊または大葉刈の別名である。十握剣(天十握剣、取柄剣、トツカノ剣)は、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれかである。宝剣は、草薙剣または草薙剣の写しと推測できる。
 以上のことを踏まえて整理すれば、神代三剣の候補として挙げられる刀剣は、およそ7つまでしぼることができる。
(1) 草薙剣
(2) 草薙剣の写し
(3) 天之尾羽張
(4) 天照大神剣
(5) 天蠅斫之剣
(6) 韴霊
(7) 大葉刈

 神代三剣の組み合わせは、理論上では35通りと考えられる∗1。しかし表1で実際に示した組み合わせから、便宜的に、以下の5通りまでパターンをしぼりこむことは可能である。
(1) 草薙剣・草薙剣の写し・天蠅斫之剣または韴霊(2-2-1)
(2) 草薙剣・天蠅斫之剣・韴霊(1-1, 1-3, 2-1, 2-2-2, 2-5-2, 2-5-3, 2-6, 2-7, 2-8-1, 2-12, 2-13, 3-4)
(3) 草薙剣・天蠅斫之剣・大葉刈(1-4, 2-14, 2-15, 3-1, 3-2, 3-3)
(4) 草薙剣・天蠅斫之剣・十握剣(天之尾羽張・韴霊・大葉刈のいずれか)(2-5-1, 2-9, 2-10)
(5) 草薙剣・韴霊・十握剣(天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣のいずれか)(1-2, 1-5, 3-5)
 もっとも多くの文献で見られる三剣の組み合わせは、パターン2の草薙剣・天蠅斫之剣・韴霊であり、Wikipediaに記載されている組み合わせと同じである。
 次に多いのは、パターン3の草薙剣・天蠅斫之剣・大葉刈である。
 その他のパターン1・4・5は、みっつめの剣の候補が複数あるため、三剣の顔ぶれが確定できず、非常にあいまいである。

1. 計算式は7*6*5/3*2=35。

【6】十握剣について再考する

 本稿の結論を述べる前に、十握剣について再度考察しておきたい。

 筆者が第1章で述べたとおり、十握剣は、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈の5つに共通する別称である。そして「十握剣」がいずれの剣を意味するかは、文献によって異なる。
 本稿で扱った文献のうち、神代三剣に十握剣(天十握剣、取柄剣、トツカノ剣)を含む文献を抜き出し、「十握剣」がいずれの剣を意味しているか示したのが、下の表である。なお「高野本 平家物語」については、校註者ごとに組み合わせを書き示した。

表2 「十握剣」が意味する剣

書名・著者名
天之尾羽張
天照大神剣
天蠅斫之剣
韴霊
大葉刈
1-2 日本刀 妖しい魅力にハマる本
1-3 日本刀図鑑
1-5 日本刀全集
2-5-1(1) 高野本平家(富倉註)
2-5-1(2) 高野本平家(佐々木註)
2-5-2 延慶本 平家物語
2-5-3 源平盛衰記
2-6 神道雑々集
2-8-1 帝王編年記 巻九
2-8-2 帝王編年記 巻廿三
2-9 宝剣御事
2-10 榻鴫暁筆
2-15 禁秘御鈔階梯
3-1 関根
3-3 鈴木
3-4
3-5 酒井

 表2のとおり「十握剣」が意味する剣は一定しない。
 それでも便宜的に、以下の3パターンに分けることはできる。
(1) 天蠅斫之剣のみを意味する(2-5-3, 2-8-1, 2-8-2, 2-15, 3-1, 3-3, 3-4)
(2) 韴霊のみを意味する(2-5-2, 2-6)
(3) 天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれかを意味する(1-2, 1-3, 1-5, 2-5-1(1), 2-5-1(2), 2-9, 2-10, 3-5)

 序章で述べたとおり、Wikipediaの「神代三剣」のページには、天叢雲剣(草薙剣)・天羽々斬(天蠅斫之剣)・布都御魂(韴霊)が記載されている。
 当該ページは、ページが新規作成された2010年4月5日時点では、神代三剣を、天叢雲剣・布都御魂・十束剣であると表記していた。さらに同年6月30日には、十束剣にカッコ書きで「天羽々斬」と付記された。そして2011年1月10日に「十束剣」が「天羽々斬」に置き換わり、十束剣は天羽々斬の別名であるという説明が書き加えられて、ようやく神代三剣の顔ぶれが明確になったのである。当該ページは、その後もくりかえし編集されているが、2011年以降は、一貫して、十束剣は天羽々斬の別名とされている。∗1
 しかし、これまで筆者が述べてきたとおり、実際には「十握剣」は韴霊の別名でもある。天之尾羽張・天照大神剣・大葉刈の別名でもある。さらには、十握剣は天蠅斫之剣とは異なるとする文献もある。
 「十握剣」が何を意味するかは、一定ではないのである。

1. Wikipedia>「神代三剣」の変更履歴(https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=神代三剣&action=history)(2026.5.12)

【結】あいまいな表現は避けたい

 これまで、中近世と近現代の文献や辞典類を読み比べてきた。結果、神代から伝わる刀剣として。およそ7つが知られ、そのうち3つが様々に組み合わされて、神代三剣として語り継がれてきたことが分かった。
 三剣のおもな組み合わせとして、第5章で示した5つのパターンを再掲する。
(1) 草薙剣・草薙剣の写し・天蠅斫之剣または韴霊
(2) 草薙剣・天蠅斫之剣・韴霊
(3) 草薙剣・天蠅斫之剣・大葉刈
(4) 草薙剣・天蠅斫之剣・十握剣
(5) 草薙剣・韴霊・十握剣

 パターン1は「専修寺本 水鏡」が伝える顔ぶれである。熱田神宮にある草薙剣と、内裏にある草薙剣の写しと、石上神宮の神体である剣の、組み合わせである。石上神宮の神体は、韴霊と天蠅斫之剣があり、どちらか確定できない。
 パターン2は、もっとも頻繁に見られる顔ぶれである。「石上振神宮二座」などが伝える組み合わせであり、Wikipediaの「神代三剣」のページでも、この組み合わせが記載されている。草薙剣は熱田神宮、天蠅斫之剣と韴霊は石上神宮の神体とされており、三剣それぞれの固有名だけでなく、所在も明確なのが特徴である。
 パターン3は、言及している文献が、2に比べると少ない。『本朝刀剣略記』などに記述されている組み合わせである。近現代の文献でとくに言及されることが多いようにも感じられる。
 パターン4・5は十握剣を含むが、「十握剣」が、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・韴霊・大葉刈のいずれを意味するかは文献ごとに異なる。天蠅斫之剣のみを意味する場合もあれば、韴霊のみを意味する場合もある。天蠅斫之剣と韴霊と大葉刈のいずれかを意味する場合もある。研究者の意見も分かれており、富倉は、天蠅斫之剣または韴霊を、佐々木は、天之尾羽張と天蠅斫之剣と大葉刈のいずれかを、小泉は、天之尾羽張と天照大神剣と天蠅斫之剣のいずれかを、酒井は、天之尾羽張または天蠅斫之剣を、関根と鈴木と堤は、天蠅斫之剣のみを意味するとしている。

 以上のとおり、神代三剣の組み合わせは様々である。しかし、たとえば草薙剣・韴霊・十握剣と表記すると、「十握剣」が、天之尾羽張・天照大神剣・天蠅斫之剣・大葉刈のいずれを意味するのか不明確になってしまう。
 神代三剣について話題にするときは、どの刀剣のことをいっているか特定するのを避けたい場合でない限り、「十握剣」という表現は避けて、「天之尾羽張」なのか「天照大神剣」なのか「天蠅斫之剣」なのか「大葉刈」なのか「韴霊」なのか、明確にしていきたいと、筆者は考えるのである。



2026.5.14(最終履歴 5.18加筆修正)


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参考文献
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・Wikipedia>神代三剣, https://ja.wikipedia.org/wiki/神代三剣(2026.4.10-)